6月30日 飲酒運転

昨日八街市の市道でトラックが小学生の列に突っ込み5人が死傷した事故がありました。加害者は東京都内に資材を運んだ後現場から百メートルほどの勤務先に帰る途中だったとのことで途中で酒を飲んだ、人をよけようとして左にハンドルを切ったら電信柱に衝突しそのまま小学生の列に突っ込んだなどと供述しているとのこと。この事故は運転手が飲酒運転をしていたことが最大の原因で大体勤務中に、運転することが分かっているのに酒を飲んだことなど毎日車に乗っている私には信じられないことです。普段から勤務中に酒を飲んでいたとすれば勤務先の責任も問われるのでしょう。さらにこの道路は抜け道に使われていたとのことで車通りが多いのに歩道も、ガードレールもないとのこと。以前にも同様の事故が起き住民は市に対策を要望していたが今に至るまで何もなされなかったようです。学童のこれから先の長い人生を断ち切ってしまった運転手。親もさぞ無念でしょう。

6月29日 松戸の地名

松戸商工会議所が毎月発行している「ブリッジ」の6月20日号で松戸の地名の由来を特集していました。今月はその「上」で桓武平氏のひ孫高望が平の姓を受けて上総の国に定着しその子孫が千葉氏となったという歴史を紐解きながら歴史にまつわる地名を紹介しています。「紙敷」が平将門の上屋敷があったからとする説を紹介したり北条第14代執権高時が松戸に居城を構えた当時相模守だったのでその地が「相模台」と呼ばれるようになった等松戸の歴史を学びながら併せ地名の由来も学べます。私は松戸の歴史も地名の由来も知らないので大変面白く読みました。因みにこの相模台にある相模台小学校のことを私の好きな福岡伸一先生は時々文章に書かれています。「矢切」は地元では「やきり」と濁らない呼び方をしていたが一世を風靡した流行歌で「やぎり」と歌われそれが定着した話なども出て来ます。少々蘊蓄が過ぎるのはご愛敬ということで松戸の歴史散歩はいかが。

 

6月28日 いちご離れ

26日日経夕刊「あすへの話題」は俳人黛まどかさんの最後の連載でした。岩手のある集落の話として7月初旬村人が山に入るとこの季節母熊が子熊に野苺を食べさせに来る。熊の子離れの時期で、母熊は子熊が野苺を食べている間に、そっと離れる。二度と会えないことを承知で、子熊を残していく母熊の思いはいかなるものだろう。子熊が気が付いた時には母熊はいない。甘い野苺は親子を断ち切るための手段であり親から子への最後のギフトでもある。厳しい自然界の営みに人の世にも通じる親子の情愛を感じ村人は「いちご離れ」と呼ぶようになったという言い伝えを引きながら同じく俳人で昨秋亡くなった父親との別れを述べます。父親にはその病状を隠していたが気づかぬはずはなくウイットのある会話、作句、日々感謝の言葉で最後の瞬間まで父らしく生き切った。気づいていなかったのは私の方だったのだ。今にして思う。あれは「いちご離れ」だったのだと。と結ぶ。

6月25日 雨でも傘なし現象

松戸の今日の天気予報は曇りでしたが、このところ一時的に雨が降っていましたので傘は毎日用意しています。今日柏方面を走っていたら2時半ころでしたでしょうか青く白い雲が見える空から突然雨が降ってきました。車に乗っていますので濡れることもないのですが歩いている人がほとんど傘をさしていません。急な雨で空は晴れているのですから無理もないのですが、最近明らかに雨が降るぞサインがあるときでも傘を持ち歩かず降り出しても普通に歩いている人を多く見かけます。映画に出てくる英国紳士のようにコートを着ているわけでもありません。さらにさらに驚くのは小さな赤ちゃんを抱いていても平気で濡れたままでいるお母さんがいます。濡れることに抵抗がないのでしょうが服も汚れるし体は不快だしまして赤ちゃんには決していいことだとは思いませんが。私だけが感じているのかと思い女房に聞いてみたらやはり不思議な現象だといっていました。

6月23日 お相撲さん

今日松戸南郵便局辺りを車で走っていたらちょんまげ姿の明らかにお相撲さんタイプの二人が自転車に乗っているのに出会いました。ことさら「明らかにお相撲さんタイプ」といったのは最近長い髪を後ろでちょんと結わえている人が時々いるからなのですが、今日の方は縦より横の方が大きいかも?という体形でランニングシャツに短パン姿のお相撲さんファッションでした。そういえばあの近所には佐渡ケ嶽部がありました。琴欧洲、琴奨菊といった大関を輩出した部屋です。部屋の前を通ったことがありますが武家屋敷のような構えで大きな門があり「佐渡が嶽部屋」という大きな看板が掛かっていました。ところで自転車に乗った二人、雰囲気はあまり上位力士ではなさそうでしたがとにかく自転車が可哀そう、タイヤにほとんど丸みがなく、よくパンクしないものだなアと感心した次第です。まん丸顔だったのは覚えていますが応援するほどには確かではないのが残念です。

6月22日 ルイボスティー

去る6月20日は「父の日」ということで子供達からプレゼントがありました。息子の方は実用的な運動時に着るシャツトサプリ、娘の方は珍しいテイーのセットでした。彼らにお金がないのは分かっていますから高額なものは辞退するのですがそれほどではなさそうなので喜んで頂きました。でティーのほうですがまず目に入ったのが「ルイボスティー」なるもの。名前は聞いたことがあるようなないような。早速賞味しました。優しい赤い色で味はとても柔らかく飲み口はまろやかなで香りが独特です。私は香辛料が好きなので今まで嗅いだこともない香りに興味をそそられました。説明書きを読むと「ルイボスティー」とティーとは言いますがお茶の木ではなく南アフリカだけに自生するマメ科の木なんだとか。活性酸素分解酵素を多く含むということで最近話題になっているようです。娘は健康のためということで送ってきたのでしょうが私はこの独特の香りにはまりそうです。

 

6月21日 夏至

今日は何の日?と引けば必ず「夏至」と出てきて夏至の説明をしてくれているのでしょう。地球が1年かけて太陽の周りを回転していることから日の長さに長短がでてくるのはいつか習った気がしますが実際のところこの宇宙の話は分からないことだらけです。そもそも地球が太陽の周りを規則正しく回っていること、一日かけて一回りしていることなどは多分物理の法則で説明できるのでしょうが何しろ大学入試で物理が0点だった私には少々難解です。まあ1年の中で日中の時間が一番長い日ということで理解しますが北極では白夜、南極では極夜になり一日中陽が沈まなかったり太陽が出なかったりするのですね。北の国の親は子供に「暗くなる前に家に帰んなさいよ!」などとは言えませんね。南極では朝「まだ暗いからもうひと眠りしよう」などとは思わないのでしょうね。「明けない夜はない」ことはない地方では通じない言葉ですね。一度体験したいものです。

6月18日 梅雨の晴れ間

このところ前夜の天気予報では「晴れ時々曇り」となっていても突然雨が降ることがあるので傘は必ず持ち歩きます。会社の帰りに傘を使わない時にはどこかに忘れてくるという失敗もありますがずぶ濡れになるよりはいいかなと思っています。ところでこの時期を詠った俳句は沢山ありますが例えば正岡子規の「紫陽花や昨日の誠今日の嘘」といった洒脱というか読みようによっては海千山千のご年配の女性という感じの句も結構ですが飯田龍太の「雲のぼる6月宙の深山蝉」などもとても大きな景色で好きです。もうじき鬱陶しいほど鳴く「にいにい蝉」。梅雨も終わりころ雲はすっかり夏のそれです。多分これは町の中ではなく谷あいあるいは山中ほっと開けた場所での句だと思います。セミの声以外はまったく何も聞こえない静まり返った昼。そんな風に読みましたがどうなんでしょう。私の場合はいつも勝手な解釈ですので作者の意図とは全く違うかもしれませんが。

 

6月17日 アーティチョーク

ここ一ヶ月程家から最寄り駅に行く途中の庭にとても気になる植物がありどうしてもその名前が思い出せずにいました。タンポポの葉の巨大版が1m位に広がった7,80cmの背丈で松ぼっくりを逆さまにしたような直径14,5cmの実のような物がなりそして今はその上部が開きやや底の深い皿の中にアザミのような紫の線状の花が咲いています。サボテンにも似てなくはないしあの松かさのような物体は何かで見たことがあるのだが。今日突然その名前を思い出しました。「アーティチョーク」です。地中海原産の植物でイタリアでは花が開く前に茹でたり焼いたりして花の下部にあたる部分を食べるようで、豆のような食感とのことです。それにしても思い出すのに随分時間がかかりました。毎日前を通るたびに首をひねっていたのですが突然「アーティチョーク!」だという思い出し方でした。一応正しいかどうか調べましたがピンポンということでとてもすっきりしました。

6月16日 オデイセイ生産中止

新聞にホンダが「レジェンド」と「オディセイ」の生産を中止すると発表していました。我が家は子供が生まれてからはもっぱら実用性が高いミニバンに乗っていました。丁度二番目の子供が生まれた翌年三菱のシャリオという車を買いました。家族が4人になり荷物も増えたのでそれまで乗っていた空冷ワーゲンが手狭になったからです。多分ミニバンのはしりだったと思います。子供が「お父さん上手でしょう」といって買ったばかりの車に石で絵を描き見せてくれたのもいい思い出ですがその後色んなデーラーから同種の車が出て来ました。2代目はドアが分厚く少し高級感のあるホンダのオディッセイも候補に挙がったのですが「学校の嫌いな先生が乗っているので絶対買わないでくれ」という子供に従いトヨタのイプサムにしました。特に車が好きという訳ではないのですが子供達の成長に合わせ買い替えたので何となくあの車の頃はなどと思い出と結びつぃています。