わたしのページ 2018年2月25日

一面飾った3人の若い力に感激

 2月18日の朝刊一面を見る。羽生結弦君(23)の連覇の大きなトッパン文字が目に入る。傍らに宇野昌磨君(20)の銀メダル獲得の見出しだ。
 さらに、その下の段には、将棋の中学生棋士・藤井聡太君(15歳6か月)が朝日杯将棋オープン戦の決勝で広瀬章人八段に勝ち、加藤一二三九段の持つ公式戦最年少優勝を更新した。準決勝では将棋界の第一人者・羽生善治竜王を制した。
 羽生君は「頑張ってくれた右足に感謝したい」と、宇野君はミスを悔しがるでも焦るでもなく「笑いました」と競技を続けた。藤井聡太君は実力者を次々と破り「望外の結果です」と笑顔を見せた、と書かれていた。
 3人とも、ピンチに動じず、自分を見失わない精神力が頼もしい。謙虚でつつましい、不屈の力に感動した。
 「自分の力だけでなく監督・コーチ・応援してくださる皆様のおかげ」と感謝の言葉を述べていた。
 感激でいっぱいだ。日本人に生まれてよかった。
(素浪人 78)

 

楽しかった松戸七草マラソン!

 松戸七草マラソンが7日に行われ、四十代後半の長女が一般女子5キロの部に出るので観に行った。
 やや風は強いが快晴で走るには好条件。
 走者に配布された案内書によると、小・中学生の2キロから高校生まで最長5キロ、一般男女は最長10キロとなっている。一般男子10キロが、参加者2000人を越え、最も多い。
 10時10分運動公園陸上競技場をスタート。公園出口で待ち構えていると、走者の様々なウェアが目に入る。装いというより仮装といった人がかなり目立つ。タイガーマスクの人、ピエロの帽子を被った人、阪神タイガースのユニホームの人、その近くに負けじとメジャーリーグメッツのユニホームの人、戌年だからか犬のぬいぐるみを着た人もいる。この日のために周到に準備してきたのであろう。走る人の人間模様が映し出される。
 家内が5キロ走者が通過する時「ようこ頑張れ」と叫んだ。「ようこなんて沢山いるよ」といったら「じゃあフルネームで呼ぶのですか」と反論した。
 物騒な出来事や予期しない災害などを忘れるこの様なひと時が、これからも続いて欲しい。
(上本郷・正義)

 

青春時代になかったスマホ購入

 後期高齢者のわたしの青春時代はテレビもパソコンも携帯電話、スマホもなかった。あるのは映画館と図書館ぐらいのものだった。そのため、よく図書館に行き本を借りて読んだ。
 働くようになってからは、文庫本を買って読んだ。一冊、二冊と本箱に増えていった。本を読むようになって、日記も付けるようになった。
 「あなたの趣味は」と聞かれると、即座に「読書」と答えたものだ。
 1月13日の読売新聞に「大学生の半数読書せず」と載っていた。一昨年の調査で60分以上読書に時間を掛けるのは、19・1%という。一方、スマホの利用時間「1時間以上」と答えた学生は9割に達するという。
 自分のことを振り返ってみると、携帯電話などに管理されないわ、と今まで携帯を持たずにきたのだが、何かあったときのために、電話ボックスも減っていることから、どうせ持つならと昨年の暮れ、スマホを購入した。
 電話だけではなく、メール、インターネットも使えるようにと思うと、使い方を覚えなければならず、毎日少しずつスマホを手にするようになった。
 10日ほど前に買った一冊の本が積読になっている。
 ゆったりと読書に浸る時間を取り戻さねば、「心に栄養を」と思う。
(常盤平・後期高齢者)

 

心が洗われた雪の日の若者の姿

 1月22日、昼過ぎから降りはじめた雪は夜まで続き、翌朝たくさん積もった。一面の銀世界はとても美しかったが、大変なのはこの後。慣れない雪かきは重労働だ。
 わたしを含め、多くの年配者が頑張って作業していた。そんな中、ひとりの若者の姿が目を引いた。
 すばやい動きで自宅前の雪を片付けると、隣のご老体を手伝い、さらに2、3軒先の空家や、すでに外出してしまったであろう家の前なども率先して、もくもくと雪かきをしていた。
 体力があるといっても、誰もがそうそうできることではない。見ていてとても気持ちよく、心が洗われた。
 自宅前の道路を当然のように雪かきして、町中をキレイにし安全を守る、そんな当たり前のことがちゃんとできる、助け合うことが自然にできる人々が住むこの町が、わたしは大好きだ。
(稔台・無花果)

 

プロとして恥ずかしくないのか

 先日、いつものように新聞に折り込まれたスーパーのチラシをチェックした。駅から遠く、滅多に行かないスーパーYに欲しい商品が載っていた。
 久しぶりに訪れ、商品を探したが、いくら探しても見付からない。
 店員に尋ねると扱っていないとの回答。自分の勘違いかと不安になり、チラシをもう一度見たがちゃんと載っている。
 今度は別の店員にチラシを見せて尋ねた。その店員は調理場に確認をしたが、調理人はあっさり用意していないと答えた。事務的に謝っていたが何か嫌な気持ちが残った。チラシに嘘があるのにこんな対応で良いのだろうか。
 その後、売り場になんの張り紙もせず、事は終わってしまった。プロとして恥ずかしくないのだろうか。
 スーパーYにはもう行かないだろう。
 皆さんも気をつけて下さい
(稔台・匿名希望)

 

河津桜の開花が待ち遠しい

 昨年に続き、今年も1月中旬、まだまだつぼみの堅い河津桜の枝をいただき、家の中で早く開花するように育てています。
 昨年は、介護施設に満開になった桜を持って行き、みなさんにとても喜ばれました。
 さて今年は、と考えて、つぼみが小さいまま持参し、来週このデイサービスに来た時に何輪咲いているか、みなさん自分の心の中で考えておいてね、とクイズにしました。
 それぞれが自分の思いを心に、来週を楽しみに帰宅されたと思います。
 翌週、行ってみて驚きました。10輪も咲いていました。一方、我が家のは、まだまだ開きそうにはありません。
 デイサービスに来ているみなさまに毎日、見つめていただいている桜の花、どんなに幸せでしょう。早い春がやってきた。下旬には満開となるでしょう。
(小金原 C・H)

 

退職後出会った心傾けられる物

 わたしは53歳のとき退職しました。間もないある日、頭は空っぽに、買い物の計算には戸惑い、「これは大変」とショックを受けました。
 思案の末に、もともと好きだった文学をやってみようかと思いついたのです。
 カルチャーセンターと同人誌の集まりへ行きました。そのカルチャーセンターの講師は元NHKの人気女性アナウンサーでした。
 エッセイ教室では、「文章は教えてもらうものではなく書くもの」と先生に言われ、例会の日には必ずテーマに基づく作品を持参し、みんなで合評をしました。そして、その後に、先生が要点を指導してくださいました。
 終戦から我が家は暮らし向きが悪くなり、大学の文学部への進学は諦めたのです。
 文章を書く人のことを「もの書き」とも言うようですが、実力もないのにわたしは文章を書くことが好きです。はじめは書き方もよくわかりませんでしたが、今は原稿用紙に向き合うだけで楽しいです。
 最初のエッセイ教室は楽しかったのですが2年ほどでやめて、その後、小さな同人誌の会へ行きました。そのリーダーは業界紙に記事を書いて家族を養っている人でした。リーダーのお宅に集り、15人ほどの会員で同人誌を発行していて、各自で校正、全員で合評等、みんなと一緒に勉強しました。
 ある日、リーダーがわたしに「文章は飾らなくていい、平易に書けばいい」と言ってくれて、その時、少し気が楽になり、続けてみようかと思ったのです。
 退職時、あのままブラブラしていたら、と振り返ると不安になります。退職後は、何か好きで心を傾けられるものを選ぶといいと思います。
 わたしは名文は書けませんが、くらしの中で身近な出来事とか、楽しかったこと等、綴ってみたいです。才能は乏しくても挫けず、続けていきたいと願っています。
(小金原・小倉芳子)

 

今ではすっかり松戸が終の棲家

 松戸よみうり前号の投稿「故郷は遠くにありて思うもの…」のユーカリさん、わたしも松戸に嫁して50年、まさに同じ心境です。
 わたしの場合は、子どもの多い貧しい田舎、進学など口にすらできない。口減らしで15歳で家を出て仕送り、まさに「おしん」そのものの時代でした。それでもわたしは末の方なので、新制になり中学を卒業させてもらい、仕送りはまぬがれたものの、自分が生きるために実家にも帰らず働いてきました。
 正直で働き者という印象で、仲人口で結婚できたものの、親からの支えも何もなく、里帰りもままならず…。今ではすっかり、松戸が終の棲家となりました。
 新潟中越の出身ですが、地震と高齢で家も親戚もなくなり、故郷も風前の灯の感を強くしている者です。
 (新松戸・ジャパンアンマ)

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