本よみ松よみ堂
石田祥著『猫を処方いたします。』

心にトラブルを抱えた患者たちは猫と暮らすことで悩みの出口を見出す

 京都市中京区の薄暗い路地の突き当りにあるビルの5階にある「中京こころのびょういん」。人づてに評判をききつけた心にトラブルを抱えた人たちが、重くて重厚なドアを開ける。
 中には、極端に不愛想な看護師の千歳さんと、ニコニコと愛想がいいイケメンのニケ先生が待っている。
 予約患者だけで、新患はお断りしていると言いながら、なぜかニケ先生はあっさり診てくれる。
 患者の悩みを聞いたニケ先生は、「猫を処方します」「千歳さん。猫持ってきて」と言って、キャリーバッグに入った本物の猫を患者に手渡す。
 キツネにつままれたような気持ちで猫を持ち帰った患者たちは、猫と暮らすうちに悩みの出口を見つけていく。
 第一話の患者は、第二新卒で大手の証券会社に就職した香川秀太。本音では会社を辞めたいと思いつつ、せっかく入った有名企業を辞められずにいる。上司の江本課長は、成績の悪い社員を他の社員の前で辱(はずかし)めるようなパワハラ上司だ。営業成績が思わしくない秀太は夜も眠られず、心身ともに体調を壊している。
 第二話の患者は、コールセンターの係長、古賀勇作。女性が多い職場で、ストレスの多いオペレーターの愚痴を聞き、しつこいクレーマーの処理をするのが仕事。面白くない日々だが平穏ではあった。ところが、東京から赴任した中島雛子という女性がセンターのナンバー2になったことで、職場の雰囲気ががらっと変わってしまった。雛子はとにかく職員をほめる。勇作は雛子の「いいわね」というほめ言葉が耳に触り、夢に出てくるほどだ。勇作は52歳で雛子は45歳と少し年下。勇作は自宅では一国一城の主(あるじ)という自負があるが、専業主婦の妻と大学生の娘からは煙たがられている。
 第三話の患者は、小学4年生の娘と中学生の長男を育てている南田恵。「中京こころのびょういん」の評判を聞きつけて受診したいと言い出したのは、娘の青葉だった。だが、ニケ先生は母親の恵の方が患者だと思った。恵は忙しい子育ての中で、娘の話にちゃんと耳を傾けられなくなっていた。
 第四話の患者は、自身がデザインしたバッグを販売する店とアトリエを経営している高峰朋香。大学時代に知り合った純子が共同経営者として経理などをしているが、若いスタッフ3人が「朋香さんの完璧主義にはもう付き合えません」と言って突然辞めてしまった。「ちゃんとしたい」という気持ちに自分が苦しめられているんじゃないの、という純子の勧めで、朋香は「中京こころのびょういん」を訪ねる。
 第五話の患者は…この物語全体とクライマックスにつながる人物だ。
 なにか、この病院はおかしい。読んでいる最初から、そんな感じがする。ニケ先生と千歳さんの存在も、どこか不思議な感じがする。
 「中京こころのびょういん」の存在はファンタジックだが、患者たちのかかえる悩みは現実的だ。そして、物語の中に出てくる動物病院や、ボランティアの「保護猫センター」は、猫を取り巻く残酷な現実のメタファーとして登場する。
 猫好きの私にとって第三話は、子どものころからの猫とのかかわりを思い出して、いろんな猫のことが目に浮かんだ。第五話の一匹の猫への思いが立ち切れない主人公(患者)の姿には、胸がギュッとつかまれたように切なかった。
 この本は2023年3月刊行。終わり方からして、続編があるのかも、と思っていたら、既に4巻が刊行され、人気シリーズとなっている。 【奥森 広治】

PHP文芸文庫 840円(税別)

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