日曜日に観たい この1本
サンセット・サンライズ

 もう忘れていたけれど、そういえばコロナが始まったころって、こんな風だったなぁ、と思う。得体が知れず、まだ薬もワクチンもなく、どう感染対策をすればいいのかもよくわからなかった。
 東北・三陸地方の小さな町の町役場に勤める関野百香(井上真央)は、空き家対策担当に任じられたことを機に、まずは、自分が所有している空き家をネットに登録した。
 4LDKで家賃6万円。しかも家具付き。この好物件に飛びついたのは、東京の大企業でリモートワークをしていた西尾晋作(菅田将暉)。翌日には、家を見に来てしまう。
 これに戸惑ったのは、百香だ。高齢者が多く、まだ感染者が出ていない田舎の小さな町にとって、「東京の人」は「コロナを運んでくる人」。百香は、町の人たちに気づかれないように、晋作に家から一歩も出ずに、2週間の自主隔離生活を送るように言う。
 もともと釣りが大好きで移住を希望していた晋作にとって、三陸の海を目の前にして家から一歩も出るな、というのは無理な話。人に会わなければいいだろうということで、毎日釣りに行ってしまう。だが、小さな町のこと、どうやら百香の空き家に人がいるらしいといううわさが、たちまち広がってしまう。
 町の居酒屋には、百香のファンクラブのような「モモちゃんの幸せを祈る会」の4人組がいつも集まっていて、このうわさ話に戦々恐々としている。居酒屋の店主・倉部健介のカラオケが上手いなぁ、と思っていたら、シンガーソングライターの竹原ピストルが演じていた。この4人組の行動は、かなり大げさな感じがするが、笑える。
 自主隔離期間が終わり、晋作はやがて百香の父・章男(中村雅俊)や隣の家に住むおばあさんと交流を深めるようになっていく。そして、晋作は百香にほぼ一目ぼれ。
 百香が晋作に貸している家は、空き家と言っても、まだ真新しい。ところが、百香はこの新しい家に住まず、章男と古い家に住んでいる。コロナが始まった2020年は、震災から9年目の年となる。あの家にはどんな事情があるのか。晋作も薄々気づいていくことになる。
 脚本は宮藤官九郎。独特なコミカルな展開の後には、涙がある。
冒頭のシーンから声を出して笑った。軽いシーンのように見えて、導入としてこの物語のエッセンスが詰まっている。章男は東京から来た男女の釣り客を船に乗せている。男は軽い口調で震災のことに触れる。後に、晋作が章男に船に乗せてもらって釣りをする場面があるが、晋作は「釣りをしながら聞く話じゃない」と言って、釣竿を置いて章夫に向きなおる。百香の空き家についても、無理には核心に近づかない。晋作はお調子者だが、心根は真っすぐな人なんだな、と思わせる場面だ。そして、外から来た人間が、震災を経験した人との距離をどうとるのかは、難しい。
 空き家問題がきっかけとなって、晋作が勤めている大企業の同僚たち、「モモちゃんの幸せを祈る会」の4人組や、百香の役場の同僚・持田仁美(池脇千鶴)たちも巻き込んで物語が展開する。震災よりもずっと前からある、東北の人たちの東京に対するコンプレックスがないまぜになった複雑な気持ちも表現されている。
 コロナにしても、震災にしても、少しずつではあるが、過去になった今だからこそできる微妙な表現。忘れられない過去や人とどう向き合うのか、といった切ないテーマも根底に流れている。
【戸田 照朗】
 脚本=宮藤官九郎/監督=岸善幸/原作=楡周平『サンセット・サンライズ』(講談社文庫)/出演=菅田将暉、井上真央、竹原ピストル、山本浩司、好井まさお、藤間爽子、茅島みずき、白川和子、ビートきよし、半海一晃、宮崎吐夢、少路勇介、松尾貴史、三宅健、池脇千鶴、小日向文世、中村雅俊
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 「サンセット・サンライズ」、ブルーレイ豪華版7480円(税込)、ブルーレイ通常版5280円(税込)、DVD豪華版6380円(税込)、DVD通常版4180円(税込)、7月9日発売、発売元・販売元=TCエンタテインメント

©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会

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