日曜日に観たい この1本
侍タイムスリッパー
自主制作映画にして、第48回日本アカデミー賞の最優秀作品賞と最優秀編集賞を受賞したというこの作品。「拳銃と目玉焼き」(2014年)、「ごはん」(2017年)に続く未来映画社3作目の作品となる。
安田淳一監督は、1作目の「拳銃と目玉焼き」を制作した時は幼稚園の発表会、結婚式、企業のビデオなどを撮影する仕事をしていた。2023年に父が逝去したことで、農家を継いだ。
時代劇の撮影にはお金がかかるが、東映京都撮影所が助けてくれた。それでも初号完成時、監督の預金残高は7000円と少しだったという。ロケ隊は10人たらず。安田監督は、監督のほかに、脚本、撮影、照明、編集など、何役もこなしている。また、「拳銃と目玉焼き」でヒロイン、「ごはん」では主役を演じた沙倉ゆうのさんは、今作でもヒロインの助監督・山本優子役を演じたほか、実際の助監督も務めている。
物語は幕末の京都から始まる。会津藩士高坂新左衛門は家老の密命を帯びて、長州藩士を討つべく、暗闇の中に身を潜めていた。やがて切り合いとなったが、落雷を受けて気絶。目を覚ましたのは、現代の京都撮影所だった。
世の中の変わりように驚く新左衛門。そして、江戸幕府は140年も前に滅びていたことを知る。会津藩や新選組は佐幕派といって、幕府が続くことを願って戦っていた。しかし、勝ったのは薩摩・長州・土佐・肥前藩などでつくる新政府軍(倒幕派)だった。どちらが正しいということではない。どちらも国のことを思って戦っていた。
行き場のない新左衛門を温かく受け入れ、世話をしてくれたのは、撮影所近くにあるお寺の住職夫妻と助監督の優子だった。3人とも、新左衛門が記憶喪失で一時的に記憶を失っていると思っている。
自分にできることは子どもの頃から鍛えた剣の道しかないと、新左衛門は殺陣師(たてし)の関本に弟子入りし、撮影所で「斬られ役」として生きていくことになる。
登場人物が使っている携帯電話がガラケーだということから考えると、新左衛門がタイムスリップしたのは、現在よりも少し前の時代のようだ。そのころでも、盛んに時代劇が撮影されていた時代は遠い昔で、時代劇はほとんど撮影されなくなっていた。その中で、登場人物たちは、なんとか時代劇を守り、後世に残そうとしている。
だが、本物の侍である新左衛門には別の感慨がある。エンターテイメントとして消費される時代劇ではなく、本当にその時代を生きていたのだから。
物語はコメディータッチで進み、時にほろっとさせられる。
新左衛門を演じた山口馬木也さんは、役者生活25年で初めての長編映画主演だという。既視感のない役者さんが多く、それゆえに新鮮な感じがする。そして、山口さんをはじめ、みなさんの演技が素晴らしい。
【戸田 照朗】
監督・脚本・撮影・編集=安田淳一/殺陣=清家一斗(東映剣会)/時代劇衣裳=古賀博隆、片山郁江(東映京都撮影所衣装部)/床山=川田政史(東和美粧)/照明=土居欣也、はのひろし/出演=山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、庄野﨑謙、紅萬子、福田善晴、井上肇、安藤彰則、田村ツトム、多賀勝一、吹上タツヒロ、佐渡山順久/2024年、日本
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『侍タイムスリッパ―』、ブルーレイ5500円(税込)、DVD4400円(税込)、6月4日発売、発売・販売元=ギャガ

©2024未来映画社

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