チューニング 2025年4月27日

 狭山事件でえん罪を訴えていた石川一雄さんが3月11日、狭山市内の病院で亡くなった。86歳だった▼2000年6月に「狭山事件にとりくむ東葛住民の会」の「狭山現地調査」に同行した。狭山事件は1963年5月1日、埼玉県狭山市で下校途中の女子高生が誘拐され、殺害された事件。石川さんは別件で逮捕され、1か月以上も否認を続けたが、後に「自白」。この「自白」については様々な不自然な点があり、警察によって強要、ねつぞうされたものだと支援者は訴えている▼「現地調査」は「自白」に出てくる犯行の経緯を実際にたどり、その不自然さを実感するというもの。現地のプレハブの中には、石川さんの旧宅が映画のセットのように再現されていた。入念な2回の家宅捜索では見つからなかった被害者のものとされる万年筆が3回目の家宅捜索で見つかった。置かれていた鴨居は、ちょっと背伸びをすれば簡単に見つかる高さだった。妻の早智子さんが悔し涙をにじませながら説明していた▼無期懲役の判決を受けた石川さんは94年12月に31年7か月ぶりに仮出獄。96年12月に早智子さんと結婚した。再審請求は早智子さんが引き継ぐという▼石川さんは被差別部落の出身で、逮捕の背景には差別や偏見がある、とも言われる。

あわせて読みたい