本よみ松よみ堂
カイフー・リー(李開復)著、チェン・チウファン(陳楸帆)著、中原尚哉 訳『AI 2041 人工知能が変える20年後の未来』

AIによって変わる未来はユートピアかディストピアか

 AIによって未来はどう変わるだろうか。
 この本は、人工知能学者のカイフー・リー(李開復)氏とSF作家のチェン・チウファン(陳楸帆)氏による共著。
 カイフー・リー氏は、1961年、台湾生まれで、アメリカに移住後、コンピューターサイエンスの博士号を取得。アップル、マイクロソフトの重役を経て、グーグル中国の社長を務めた。
 チェン・チウファン氏は、1981年、中国広東省生まれ。グーグルの元社員で、SF作家になった。
 日本では昨年12月の発行だが、原書は2021に出版されたのだろう、タイトルは「20年後の未来」となっている。
 チェン・チウファン氏が書く10編の2041年を舞台にした短編小説に、カイフー・リー氏の解説が付いている。インド、ナイジェリア、韓国、中国(上海)、アメリカ、オーストラリアなど舞台となる国は様々。日本(東京)も出てくる。
 技術的に簡単な内容から、複雑な内容へと短編の並びは工夫されているようだ。
 最初の物語「恋占い」はインドのムンバイが舞台。主人公のナヤナの一家は、ある保険プログラムに契約する。このプログラムはAIと連動しており、AIは家族を健康へと導いていく。家族が健康で生活のリスクが少ないほうが保険料を払わなくて済むからだ。ナヤナはサヘジという少年に恋心を抱いているが、AIがサヘジに近づくことを邪魔していることに気が付く。背景にはインドの社会に根強く残っているカースト(ヒンドゥー教における身分制度)の問題があった。
 このように、他の物語でもAIがもたらす良い面と悪い面、そして未来にも残る人間社会の問題点が描かれていく。
 「アイドル召喚!」という物語では、没入型のゲームや仮想現実(VR)などがテーマだが、私が気になったのは本筋ではない主人公の仕事にまつわる話だった。
 物語が始まった時点で、主人公の愛子は失業している。
 愛子は出版社の社員だった。財務経営ニュース、スポーツ報道、芸能報道、政府や政治家の動静報道のような短文の記者やライターは自動編集プログラムに取って代わられた。愛子は文芸の編集者で、文芸編集は人間の創造性や趣味や経験に大きく依存する分野であるおかげで、「人間の尊厳を守る最後の砦」となっていたが、スーパーGPTモデルの登場で、文芸出版も崖っぷちに立たされている。最近話題となっているチャットGPTが進化したものだと思う。
 つまり、私が今やっている仕事も、将来はなくなってしまうということだろうか。
 この問題をもっと深刻に描いているのが「大転職時代」という短編だ。
 舞台となるのはアメリカ。建設現場での作業を機械がやるようになり、大きな建設会社で大リストラが行われることになった。従業員の抗議活動が激しくなっている。
 政府は構造的失業に備えて2024年にベーシックインカム(全市民に毎月一定程度の給付金を支給する制度)を導入したが、うまくいかなかった。仕事がなくなった労働者たちは、暇を持て余して、VRゲーム、オンライン賭博、ドラッグ、アルコール漬けになったのだ。
 ジェニファーはマイケル・セイバーが経営する転職斡旋会社シンチアに入る。二人には親が失業で苦しんだ姿を見てきたという共通の経験があった。
 ベーシックインカムの失敗から人間には、「達成感」や「自尊心」が必要だということが分かってきている。
 現在のコロナ禍が20年後も影響しているという、あまり考えたくない物語もあった。
 「コンタクトレス・ラブ」では、新型変異株が定期的に現れて、20年後もまだ流行が続いている。AIによりワクチンの開発スピードも上がっているが、いたちごっこだ。
 主人公の陳楠(チエン・ナン)は上海に住んでいる。疾病恐怖症のため、3年間もマンションの自分の部屋に引きこもっていた。ガルシアというブラジル人の恋人がいるが、まだ実際に会ったことはない。そのガルシアが直接会うことを求めてきて、二人の関係が微妙になっていた。
 「ゴーストドライバー」はAI自動運転を描いているが、意外なことに20年後の世界でもその技術は成熟していない。
 最後の10話目「豊穣の夢」の舞台、オーストラリアでは、太陽、風力などの再生可能エネルギーや蓄電技術によりエネルギーコストがゼロに近くなり、貧困もなくなっている。
 人間の代わりにAIやロボットが多くの仕事をするようになった未来の世界で、人間は何を大切にして生きていくのだろう。人間の本質にも関わる哲学的な命題だと思う。
【奥森 広治】

文藝春秋 2700円(税別)

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