日曜日に観たい この1本 心と体と

 

 

 

 雪が深々と降る森の中で寄り添う2頭の鹿。明け方なのか、風景全体が青みがかっている。この作品はそんな美しいシーンで始まる。
 ハンガリー、ブダペスト郊外の食肉処理場。産休の品質検査官の代理職員としてマーリアが採用された。現場から煙たがられる役職であるのに加えて、マーリアはコミュニケーションが苦手。一方で、驚異的に記憶力がいい。杓子定規に肉の品質を判定して、早くも職場で浮いた存在になっている。
 そんなマーリアをひとり気にかける財務部長(工場の実質的責任者のようだ)のエンドレ。上司としての気遣いなのか…。いや、エンドレは彼女の姿が目に入った瞬間から気になっていた。職員食堂で声をかけるが、やはり返ってきたのは杓子定規な反応だった。
 そんな二人が急接近する事件が起きる。工場内に保管されていた牛を交尾させる時に使う薬が盗まれたのだ。警察の要請で従業員全員が精神分析医のカウンセリングを受けることになった。そこで明らかになったのは、二人が全く同じ夢を見ているということだった。冒頭の寄り添う鹿の夢だ。答え合わせをするように夢の話をするうちに、二人の距離がどんどん縮まっていく。
 マーリアはクリニックでカウンセリングを受けている。マーリアは30歳前後の若い女性なのだが、担当者は小児専門なのか、背景にはぬいぐるみなどが映っている。恋の悩みを持ち込んできたマーリアに担当者は、成人向けの担当者の方がいいのでは、と狼狽する。マーリアは自宅で、人形を使ってエンドレとの会話を想定し、リハーサルをする。翌日リハーサル通りに会話をしてみるが、的外れで、すれ違いの原因となってしまう。マーリアはいじらしいほどの努力をしているのだが、それが通じないところが、なんとももどかしい。
 エンドレは中年というよりは初老の男性。理由は明らかにされないが、片腕が利かない。「孤独な男」というように紋切り型で紹介されているのを見たが、私は少し違うのではないかと思う。離婚はしているようだが、子どもはいるようだし、年齢的に子育ては終わっている。エンドレ自身のセリフにもあるように、この独りの暮らしにも満足していた。「孤独」を感じたのは、むしろマーリアと出会った後で、彼女とのすれ違いが生まれてからなのだ。他者がいるからこその、「孤独」。マーリアはそんな凪(なぎ)のような彼の心に波風を立てる存在だった。心が通じないなら、いっそいない方が、と思う気持ちは分かる。自分のような年齢の男を、あんな若い女性が本気にするはずがない、という自信のなさもあるのだ。
 良い作品は、細部にまで心が行き届いている。作品の冒頭、雲の間から少しだけ見える太陽を、もうすぐ処分される牛と、清掃員の老婆、エンドレ、マーリアがそれぞれの場所から見ているというシーンが映る。食事をするシーンが多く、それぞれに意味がある。食べることは生きること。美しい鹿のシーンのすぐ後に、事務的に殺されていく牛のシーンがつながる。複雑だけど、生命を感じる演出でもある。
 俳優陣の演技もすばらしい。エンドレ役のゲーザ・モルチャーニは有名な編集者で、演技するのは今回が初めてというから驚く。【戸田 照朗】
 監督・脚本=イルディコー・エニェディ/出演=アレクサンドラ・ボルーベイ、ゲーザ・モルチャーニ、レーカ・テンキ、エルヴィン・ナジ、ゾルターン・シュナイダー、イタラ・ベーケーシュ、タマーシュ・ヨルダーン/2017年、ハンガリー
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 「心と体と」、ブルーレイ税別4800円、発売元・販売元=オデッサ・エンタテインメント

 

2017© INFORG - M&M FILM

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