日曜日に観たい この1本
春に散る

 主人公の広岡仁一(佐藤浩市)と、黒木翔吾(横浜流星)は偶然、都内の居酒屋で出会った。広岡は1本のビールを大事そうに飲みながら時折胸を苦しそうに抑えている。広岡は騒いでいた若者3人を注意したことで、店を出た後で因縁をつけられるが、アッという間に伸(の)してしまった。それを見ていた翔吾が広岡にボクシングのファイティングポーズをとると、3人の仲間だと勘違いした広岡は、翔吾をも一発で倒してしまう。見事なクロスカウンターだった。
 広岡は40年前に引退した元プロボクサー。アメリカでの試合で判定負けした後、突如としてボクサーを引退し、皿洗いから始めて、アメリカのホテル業界で成功を収めた。
 一方の、翔吾もプロボクサーだが、ジムの力関係なのか、勝っている試合を負けと判定されて、失望していた。
 翔吾は広岡を探し出して再会し、ボクシングをゼロから教えてほしいと懇願する。
 広岡は古巣のジムを訪れる。恩師だった会長は既に他界し、今は娘の令子(山口智子)が会長を務めている。ジムには伝説のボクサーが3人いた。広岡と佐瀬健三(片岡鶴太郎)、藤原次郎(哀川翔)だ。佐瀬はジムを経営していたが倒産して、今は田舎でくすぶっている。次郎はトラブルを起こして刑務所に服役していた。引退した後にうまくいったのは、広岡だけだった。
 広岡は佐瀬と次郎を探し出して共同生活を持ちかけるが、特に次郎は1人だけ成功した広岡に反発があり、出て行ってしまう。
 私は、年齢的に広岡たち3人に思いを寄せるところがあった。広岡は、冒頭のシーンでも分かる通り、健康に不安がある。自分の人生の最期が見えてきたときに、どう生きたらいいのか。
 翔吾は広岡のもとで〝世界〟を目指すことになった。とはいえ、最初は広岡の家の庭でのトレーニングから。所属するジムは富士山の麓にある子ども相手の寺子屋のようなジム。
 ボクシング映画には名作が多い。「ロッキー」「ミリオンダラー・ベイビー」「ケイコ 目を澄ませて」。そして「あしたのジョー」。ストーリーは全然違うのに、今回想起されたのは「あしたのジョー」だった。 どの作品もボクサーとトレーナーの絆が核となる。今作はトレーナーの広岡に重点が置かれている。
 ボクシング映画に良い作品が多いのには共通した理由があると思う。恵まれない家庭環境や貧困、障がいなど、社会の弱い部分が描かれることが多いように思う。スポーツだという以前に、そういった社会背景に起因した物語になるからこそ、心をつかまれるのだと思う。
 今作でも、広岡の大分の実家は家族がバラバラで、病気の広岡の兄を姪の佳菜子(橋本環奈)が高校生の頃から一人で診てきた。
 翔吾の家庭も、幼いころに父親が家を出てゆき、ずっと母子家庭で育った。翔吾がボクサーになったのは、母親を守るためだった。
 最後の試合のシーンは圧巻だった。翔吾を演じる横浜流星の体は、まさにプロボクサーのものだ。対戦相手の中西利男役の窪田正孝の体も絞られている。この作品のために、どれだけ努力をしたのだろう。頭が下がる思い。こうでなくては、リアリティーのある作品はつくれないと思う。 
【戸田 照朗】
 監督=瀬々敬久/原作=沢木耕太郎『春に散る』(朝日文庫・朝日新聞出版刊)/出演=佐藤浩市、横浜流星、橋本環奈、坂井真紀、小澤征悦、片岡鶴太郎、哀川翔、窪田正孝、山口智子、坂東龍汰、松浦慎一郎、尚玄、奥野瑛太/2023年、日本
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 「春に散る」、ブルーレイコレクターズ・エディション(2枚組)7150円(税込)、DVDコレクターズ・エディション(2枚組)6050円(税込)、DVDスタンダード・エディション4400円(税込)、3月6日発売、発売元=映画『春に散る』製作委員会、販売元=ギャガ

©2023映画『春に散る』製作委員会

©2023映画『春に散る』製作委員会

©2023映画『春に散る』製作委員会

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