本よみ松よみ堂
高知東生著『土 竜』

高知東生の自伝的小説。過去と向き合い、紡ぎだした物語

 俳優の高知東生(たかちのぼる)さんの自伝的小説。『小説宝石』に発表された短編6編を発表順とは並びを変えて、時系列に近い形で編集されている。自伝的ではあるが、私小説のように一人称で書くのではなく、高知さん本人がモデルだと思われる「竜二」の存在をどこかに感じさせながら、竜二の祖母や友人の視点からも描かれ、物語に立体感を与えている。
 高知さんは、1993年にデビューし、俳優として活躍されたが、2016年に薬物の問題を起こして、芸能界を引退していた。現在は依存症の啓発活動を行うほか、俳優としても復帰しているという。私は、芸能界のゴシップには興味がなく、面白い作品が読みたいと思ってこの本を手にした。この作品を純粋に評価したいと思う。初めて書いた小説とはとても思えないほど、よくできている。高知さんは、本をほとんど読んでこなかったとのことだが、俳優業で長年台本を読んでいると、物語を作る力が養われるのだろうか。それとも、豊かな表現力は天性のものだろうか。自らの過去と向き合い、紡ぎだした物語には重みがある。一方で、一歩引いたところからの、エンターテイメントとしての物語の構成にも工夫が見られる。
 竜二の祖母は戦争未亡人で二男二女を一人で育てた。次女は故郷の高知から神戸に出て、夜の街の華となり、任侠の男の愛人となった。ずっと音沙汰がなかったが、竜二を祖母に預けると、またいなくなってしまった。祖母だけが竜二の庇護者で、同居する長男夫婦は冷たく、肩身の狭い思いをした。竜二は長い間、本当の親のことを知らなかった。
 たまに顔を見せる「おばちゃん」が母親だと知り、一緒に暮らすようになる。母は高知の大きな組織の親分の愛人になっていた。竜二は高校の野球部に入るが、練習中に訪ねてきた母は、短い会話の後、自死してしまう。竜二にはその理由が分からないし、母親が自分のことを愛していたのかさえ分からない。
 竜二の小学校からの同級生に夕子という女の子がいた。母親が花街で働いていたことから、クラスでは露骨に差別の対象となるが、その生い立ちからか、子どもらしからぬ色気があり、女子からは疎まれ、男子は態度には出さなくても、内心ではみな夕子のことが好きだった。竜二と親友の高橋も、心ならず、夕子に酷いことを言ってしまい、そのことをずっと後悔していた。
 竜二は女性にもて、体が大きく、よくケンカもした。高知の不良仲間の世界は世間が狭く、徐々に息苦しさを感じた竜二は、母の死後、東京に行くことにした。仲間たちは、そんな竜二を温かく送り出してくれた。
 教師の家庭で育った高橋は、祖父からのプレッシャーから、自らも教職の道に進むが、ストレスからパチンコに依存していくようになる。
 高橋の葛藤や、夕子のその後なども描かれ、物語に厚みを加えている。
 高知さんは、1964年(昭和39年)生まれ。戦争の影が残る祖母や、田舎のヤンキー文化など、昭和の風景がよみがえる。【奥森 広治】

光文社 1600円(税別)

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