日曜日に観たい この1本
ラストレター

© 2020「ラストレター」製作委員会

 40代という若さで亡くなった未咲の葬儀の後、妹の裕里(松たか子)は未咲の娘・鮎美(広瀬すず)から未咲あてに高校の同窓会の案内が来ていることを伝えられる。同窓会の当日、裕里は事情を直接伝えるつもりで会場を訪れたが、姉と間違われ、同窓会に出席することになってしまう。成績優秀で生徒会長をしていた姉は美人で、高校のマドンナ的存在だった。盛り上がる姉の同級生たちに囲まれ、どうしても本当のことが言えなくなってしまったのだ。席に着いた裕里はある男性の姿を目で探した。その視線の先にあったのは、高校時代に憧れていた乙坂鏡史郎(福山雅治)だった。姉のふりをして出席した裕里はいたたまれなくなって、会の途中で退席した。バス停でバスを待つ間、声をかけてきたのは、なんとその鏡史郎だった。渡された名刺には「小説家」とあった。
 ひょんなことから携帯が使えなくなった裕里と鏡史郎との手紙のやり取りが始まった。ここでも裕里は姉のふりをして鏡史郎との文通を続けている。一方で、鏡史郎は未咲への返事を未咲の実家あてに出してしまい、実家に住む娘の鮎美は母のふりをして代わりに鏡史郎に返事を書くという変なことになってしまう。
 ここまではなんだかコメディのようにも感じたが、空白を埋めるように高校を卒業してからの人生や、未咲の死の真相が明らかになってゆくにつれ、物語がぐっと締まってくる。
 この作品では高校時代の回想シーンも重要な位置を占めており、高校生の未咲は広瀬すずが二役、高校生の裕里と裕里の娘・颯香は森七菜が二役、高校生の鏡史郎は神木隆之介が演じている。3年生の時に転校してきた鏡史郎は未咲に一目ぼれ。同じ生物部の妹の裕里に何通ものラブレターを託すが、裕里は鏡史郎に密かに想いを寄せていた。鏡史郎は知らず知らずのうちに裕里に残酷なことをしていたのである。
 10代のころの1年というのは、どうしてあんなに色濃く残るのだろうか。それは、後の人生を左右するほどのエネルギーを秘めている。
 ある程度の年齢にさしかかってからの同窓会という設定に、いろいろと思うところがあった。あらかた人生の形が固まりつつある年齢である。
 バス停で裕里の前に現れた福山雅治演じる鏡史郎が意外なほど普通のおじさんに見えることに感心した。名刺には「小説家」とあるが、東京の仕事場兼自宅と思われる木造アパートはかなり古い。小説家と言っても、これは売れていないな、と感じさせる。
 裕里の家は仙台ということもあるのだろうが、かなり広くて立派だ。夫は漫画家だが、こちらはかなりの収入がありそうだ。
 未咲・裕里姉妹の実家と高校がある地域は、宮城県の郊外だろうか。涼やかで美しい滝が冒頭に出てくる。
 取り壊しになるという高校の校舎を訪れた鏡史郎は、偶然、未咲の娘・鮎美と裕里の娘・颯香が連れだって歩いているところに遭遇する。二人とも鏡史郎が未咲・裕里姉妹と出会ったころと同じ高校生だ。鏡史郎に幻を見ているような、何とも言えない思いが去来する。
 この作品では手書きの手紙が重要な役割を果たす。コロナ自粛の間に荷物を整理していたら、何通かの手紙が出てきた。電子メールの普及で、現代は歴史上最も一般の人が文字を書いている時代とも言われるが、これらのメールで将来に残るものはあるだろうか。手書きの手紙だからこそ、捨てられずに手許に残る。
 未咲の仏壇には、未咲が最期に娘の鮎美あてに残した手紙が未開封のまま置かれている。未咲は鮎美にどんなメッセージを残したのだろうか。
 そして、豊川悦司が出てくるシーンが迫力があって、ちょっと恐かった。鏡史郎にとってはつらいシーンだが、豊川のセリフもまた人生の真実を言い当てているように思う。【戸田 照朗】
 監督・脚本・編集=岩井俊二/原作=岩井俊二「ラストレター」(文春文庫刊)/出演=松たか子、福山雅治、広瀬すず、神木隆之介、森七菜、庵野秀明、小室等、水越けいこ、木内みどり、鈴木慶一、豊川悦司、中山美穂
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 『ラストレター』DVD通常版、発売中、税別3800円、発売・販売元=東宝

© 2020「ラストレター」製作委員会

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