日曜日に観たい この1本
泣き虫しょったんの奇跡

 プロ棋士・瀬川晶司六段が書いた自伝的作品が原作。
 この原稿を書くまでに2度観た。1度目は何の予備知識もなく、主人公がどうなっていくのか、特に対局の勝敗を緊張しながら観ていた。2度目は、お話の結末は知っているので、ある意味で安心して、ほぼ冒頭から泣きながら観ていた。公式ホームページを見たら、ストーリーの骨格がほぼ全て書かれていたので、ちょっとびっくりした。実話だからなのだろうか。
 この物語には、主人公のまわりに挫折した人たちがたくさん出てくる。小学校5年生の時に初めてプロ棋士という職業を知った瀬川晶司は、同級生で隣に住んでいる鈴木悠野が永遠のライバルであり、親友だった。二人は晶司の父の勧めで、街の将棋道場に通うようになる。この道場の席主・工藤一男(イッセー尾形)は、二人に目をかけ指導してくれる。工藤は二人の少年に自分が果たせなかった夢を見ている。工藤自身がプロ棋士の登竜門である奨励会を経て「将棋指し」になりたかったのだ。
 奨励会には満21歳までに初段、満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれないと退会になるという「鉄の掟」がある。中学を卒業して奨励会に入った晶司は、22歳の夏に三段に昇格する。プロになれる四段までは、あと一歩。年に2回行われる三段リーグ戦で上位2人までに入らないと四段に昇格できない。26歳の誕生日まで、計8回のリーグ戦が行われる。しかし、この「あと一歩」が遠く険しい道のりだった。
 迫る「年齢制限」という壁。もし、26歳までに四段に昇格できなかったら、高校にも行かず将棋に打ち込んできた努力が全て無に帰してしまう。昌司の周りでは、1人、また1人と友達が、ライバルが挫折し、退会していく。みな将来を嘱望された「天才少年」だったのに。
 負けたことのない人、挫折を知らない人というのは、おそらくいないのではないかと思う。人によって思い浮かべる挫折は様々で、私は大学受験の浪人時代のこと、就職活動での年齢制限のことを思い出していた。試験本番までに合格ラインに到達するかは自分でも分からないが、不合格になる自分というのは想像していなかった。昌司も26歳の誕生日が目の前に来ても、プロになれない自分というのを想像できない。
 この物語には、無条件に温かく見守ってくれる人たちも出てくる。小学校の担任だった鹿島澤佳子先生(松たか子)や、父親の瀬川敏雄(國村隼)だ。父親は、「好きなことを仕事にするのが一番だ」といつも励ましてくれる。才能があるとかないとか関係なく、ただただ息子の可能性を信じている。心が弱っているとき、こうした人たちの一言がどれだけ胸に染みることか。
 豊田利晃監督は自身も9歳から17歳まで奨励会に在籍していたという。数々の対局のシーンが出てくるが、特にクライマックスは棋士の表情で戦況を観客に想像させるような演出になっている。将棋盤を挟んで2人が座っているだけという動きの少ない画面にカメラワークと音楽で緊迫感と動きを与えている。
 居酒屋のシーンでは、主人公の背後で、さっきまで将棋道場で将棋を指していたおっちゃんたちが、酒席のテーブルにまで将棋盤を持ち込んで、なにやら将棋談義に花を咲かせている。どれだけ将棋が好きなのか。そんな将棋愛に満ちた物語でもある。
【戸田 照朗】
 監督・脚本=豊田利晃/音楽=照井利幸/出演=松田龍平、野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、妻夫木聡、松たか子、イッセー尾形、小林薫、國村隼/2018年、日本
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 「泣き虫しょったんの奇跡」、原作=瀬川晶司「泣き虫しょったんの奇跡」(講談社文庫刊)、ブルーレイ&DVD発売中、発売元=バップ

©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

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