本よみ松よみ堂
丸山正樹著『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』

東京創元社 1600円(税別)

 4話からなる連作短篇集。『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』、『龍の耳を君に デフ・ヴォイス新章』という作品が前にあり、シリーズ3作目だという。前作は読んだことがなく、いきなり3作目からで大丈夫かと不安があったが、短編集ということもあり、面白く読めた。ただ、後半の話には、おそらく前作で活躍したと思われる登場人物が出てくるので、前作を読んでからの方がより味わい深く読めたのではないかと少し後悔した。魅力的な前作の登場人物が出てくるのは、シリーズのファンへのサービスのように思われる。
 4話を通して荒井尚人という手話通訳士が登場する。1話の「慟哭は聴こえない」は産婦人科を受診する夫婦に、2話の「クール・サイレント」はモデルの俳優に、3話の「静かな男」は廃屋で一人死んでいた男に、4話の「法廷のさざめき」は雇用差別で会社を訴えた女性に、荒井が手話通訳士として関わっていく。ただ、3話だけが何森稔という刑事の目線で描かれている。
 荒井は刑事のみゆきと結婚した。みゆきには美和という娘がおり、荒井のことを「アラチャン」と呼んでいる。手話通訳の仕事は毎日あるわけではなく、家庭では「主夫」として家事も担当している。
 ミステリということになっているが、荒井の家庭を中心としたホームドラマとしても読める。そして、ろう文化や手話という「言語」の奥深さにも驚かされた。そもそも、手話通訳士という仕事があること自体知らなかった。
 荒井の両親と兄はろう者だが、荒井は「聴こえる子ども」として育った。ろう者の家庭で育ち、両親の手話通訳をしてきたことが、今の仕事にも生き、誠実な仕事ぶりが依頼者から信頼を得ている。ページを追うごとに、荒井の葛藤も描かれる。
 1話には、こんな場面がある。兄の悟志の家族は妻の枝里、息子の司も皆ろう者の「デフ・ファミリー」だった。みゆきのたっての希望で、両家で会食をすることになったが、どこかぎこちない。特に悟志はかたくなだ。
 2話で、荒井とみゆきの間に瞳美(ひとみ)という娘が生まれるが、瞳美には聴覚に障害があることが分かる。夫婦は、瞳美に人工内耳を埋め込む手術をするか、ろう者として生きさせるかの判断で迷う。
 3話には、瀬戸内海に浮かぶ小さな島の水久保(みなくぼ)という集落だけで使われている「水久保手話」が登場する。この村では聴こえる人も普通に手話を使うため、ろう者との区別がない。ある意味ユートピアのように感じる。
 4話では、荒井は思春期を迎えた美和や甥の司の気持ちと向き合うことになる。
 この小説には「あとがき」があり、著者が手話教室に通い、様々な人に取材をしながら作品を作り上げてきたことが分かる。荒井の家族の成長とともに次回作も期待できそうだ。その前に1作目からちゃんと読んでみたいと思う。
【奥森 広治】

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