本よみ松よみ堂中村文則著『自由思考』

周辺雑記から政治まで。現代を書く作家の危機感

自由思考 中村文則著

河出書房新社 1400円(税別)

 芥川賞作家で海外での評価も高い中村文則さんの初めてのエッセイ集。デビューした2002年から2019年まで、約17年間に書かれたものが収められている。
 著者の小説は2015年6月に「あなたが消えた夜に」を紹介した。当時、私が書いた原稿を振り返ると、私はもともと読書のスピードが遅いのだが、面白くて、私としてはありえないほどのスピードで読んだらしい。「コートの男」と呼ばれた連続通り魔事件の犯人を男女の捜査官が追う。著者にとっても初めての警察小説で、初めての新聞連載小説だったらしい。
 私は当時、「様々な事件の関係者が登場する。そして犯人がなぜ狂気に至ったかが明らかになる後半を読むと、『悪』とか『魔』といったものは、わりと身近に潜んでいるものなのだなと感じさせる。人の醜さ、愚かさを感じる一方で、愛情なしには生きていくことのできない人の哀しさなど、いろいろと感じさせられるものがある」と感想を書いている。
 著者は1977年生まれ。愛知県の高校を卒業後、福島大学に入学した。理由は「遠くへ行きたい」という思いが強かったから。級友からはかなり珍しがられたという。高校時代は人間関係が苦手で鬱々(うつうつ)としていた。太宰治の「人間失格」に出会い、小説を読むようになった。そんな著者を、福島の人たちは温かく受け入れてくれた。著者も心を開くようになったという。森に囲まれた静かなキャンパスで、ドストエフスキーやカフカ、三島由紀夫、芥川龍之介などの小説を読みふけった。4年の時には、小説家になることを決め、卒業後上京して、原稿を書きながらフリーター生活をした。当時の1食にかけるお金は200円だったという。いくつかの文芸雑誌の新人賞に応募するが一次予選で落ちてしまう。2002年に「銃」が新潮新人賞を受賞し、デビュー。当時の新潮社の編集長は著者をかっていて、もし受賞を逃しても「銃」を出版するつもりでいたらしい。04年に「遮光」で野間文芸新人賞、05年に「土の中の子供」で芥川賞を受賞した。

 日常の出来事を書いた軽いエッセイから、文学論、社会問題や政治、受賞関連、海外の文学イベントなどについて書いている。
 テロ等準備罪や安保法制など、数々の重要法案を強引に成立させ、森友・加計学園問題では首相の個人的な友人をえこひいきし、公金を投入した現政権や、政権に対して真っ当な批判をしないメディアに対して、作家らしく皮肉を込めて痛烈に批判している。日本は再び戦争への道を歩き始めているのではないか…。私にも同じような危機感があり、読んでいて苦しくなった。記者会見で官房長官を追求した東京新聞の女性記者が、記者として当たり前の仕事をしているのに、政権から不当な扱いを受けたように、著者にもプレッシャーがかかっているのではないかと懸念する。しかし、著者は作家として言うべきことを言わなければならないと考えているようだ。
 また、杉田水脈(みお)議員の性的マイノリティLGBTに対する差別的な論文を掲載した月刊誌『新潮45』が批判を受け、杉田氏の論文を擁護する小川栄太郎氏ほかの反論を掲載し、ついに休刊に追い込まれたことについても雑誌『新潮』に寄せた論文を掲載している。著者にとって新潮社はデビューのきっかけを作ってくれた大切な存在で、回復を願ってのことである。
 また、東日本大震災について、福島は大切な4年間を過ごした思い出の場所であり、心を痛めている。
 私も高校時代は人間関係に悩んでいて暗かった。そして、太宰治の「人間失格」に出会い、太宰の作品をいくつか読んだ。初めて読んだ大人の文学だったと思う。目の前が明るくなったと感じたのは、2年間の浪人生活と大学時代だった。私は著者ほど太宰にはまらなかったが、勝手ながらいくつかの点で似ていると感じ、親近感を持った。
 小説を書くには様々な資料を読むそうだが、仏教の本を読みすぎて、蚊が大嫌いなのに、殺せなくなったという。なんか、分かる気がする。
【奥森 広治】

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