本よみ松よみ堂
木皿 泉 著『カゲロボ』

暗く、残酷だけど温かい、現代の寓話的小説

カゲロボ 木皿 泉 著

新潮社 1400円(税別)

 木皿泉は、和泉務と妻鹿年季子による夫婦脚本家。テレビドラマ「野ブタ。をプロデュース」などの作品で知られる。本作は3冊目の小説作品で、この欄では以前に「昨日のカレー、明日のパン」を紹介した。
 「はだ」「あし」「めぇ」「こえ」「ゆび」「かお」「あせ」「かげ」「きず」という9篇の連作短編集。初出では別のタイトルがついているものが多いが、単行本化にあたり、体の一部や体から派生するもので統一されている。
 「はだ」の初出のタイトルは表題となっている「カゲロボ」。カゲロボとは「人間そっくりのロボットが職場とか学校とか、場合によってはヘルパーという身分で家庭などに入りこみ、そこで虐待やイジメがないか監視するというものらしい」(P10より引用)。
 「はだ」以外の作品にも「カゲロボ」という名前ではないがアンドロイドやロボットのようなものが登場する。ただ、SF小説かというと、違う気がする。アンドロイドやロボットは物語を寓話的に描くための仕掛けのようだ。誰もが持つ、暗い、人には隠しておきたい部分を人間に紛れ込んだロボットだけが見ている、という仕掛け。
 暗く、残酷な話も多い。中学生ぐらいの子どもを主人公にした話が一番多く、次に高齢者の話が2話ある。2話目の「あし」は、猫が絡む話なので、私は読む前から警戒した。私にとって猫はとても大切な存在なので、ここを乗り越えないと、最後まで読めないだろうと思った。ネタバレになるので書けないが、猫のことをよく知っているからこそ、「あれ? おかしいな、ひょっとして…」という感じで、思ったよりもダメージがなかった。
 イジメの話もよく出てくる。私は小中学生の頃からイジメの首謀者や、加担するものたちを心から軽蔑していた。この小説に登場するイジメの首謀者も、ひどい目にあったらさぞ胸がすくだろうな、と思って読んでいたが、著者は優しく、イジメた側にも光をあてている。
 前半の短編の続きのような話が後半の短編に出てきて、全体で一つの話を構成しているような作りだ。前半の短編では名前もなかった登場人物が、後半に主人公として出てくる。
 「そんな子いたっけ?」と同窓会で思われるような目立たない人物にもドラマがあり、語るべき人生がある。若いころは、なにかが「あった」ことに幸福を感じるが、年を取ると、なにも「なかった」一日に幸せを感じるようになる。そんな著者の温かい人生の見方が感じられる。
 最後の「きず」という作品に出てくる小説家の「人の傷口を縫うのが私たちの仕事」という思いは、著者自身の思いのように感じた。【奥森 広治】

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