松戸の地名の由来④

 地名はその土地の歴史と深く関係している。地名の由来を知ることは、地域の歴史を知ることでもある。あなたの街の地名にはどんな由来があるのだろうか。   【戸田 照朗】

新田開発で生まれた地名
 江戸幕府成立直後の慶長10年(1605)前後から元和、寛永にかけて利根川(今の中川)、江戸川の広大な氾濫原低湿地では、大規模な新田開発が行われ、七右衛門新田、九郎左衛門新田、伝兵衛新田、主水(もんと)新田、三村新田、大谷口新田などが生まれた。
 幕府の役人・郡代伊奈氏は土木技術と指導指揮統率力がある小金城主高城氏の旧家臣を利用した。「伝兵衛新田」は、慶長末年に小金城主高城氏の家臣だった戸張伝兵衛が入植開発したことによるという。「九郎左衛門新田」「主水新田」も新田開発者の名前による。「七右衛新田」は、7人の右衛門によって開発されたことによる。「三村新田」は新田3か村が再編成されて1か村になったことによるという。
 大谷口新田稲荷神社の境内にある遷宮記念碑の碑文によると、「大谷口新田」が成立したのは寛永6年(1629)に小金城主だった高城氏の家臣8人がこの地で新田開発を始めたことによるという。安永8年(1779)、人々は5坪の茅葺の社を建て、大谷七郎左ヱ門が伏見稲荷より勧請した。天保7年(1836)には坂川の掘り継ぎも完成し、やっと農地の様相を呈するところもできた。この頃の戸数は15から16戸。明治42年(1909)に樋野口に排水機場ができてからは農業も安定して、20余戸となった。
 江戸時代に六ヶ村と言われたのは、小金町、幸谷、大谷口、横須賀、二ッ木、大谷口新田の6か町村で、この中で幸谷、横須賀の一部と大谷口新田が現在の新松戸にあたる。
 寛文、延宝の第二期新田開発では、台地上の荒れ地や小金牧の原野が開発された。延宝4年(1676)には松戸新田や高塚新田が生まれた。
 「松戸新田」は、松戸村の吉岡隼人や源左衛門が村請(むらうけ)で新田開発を許可されたことによるのではないかという。
 「田中新田」は、田中山ともいう。新田開発した際、行徳の田中三左衛門が関係したことによるという。

明治の新しい村

 明治22年4月1日、時の内務大臣山県有朋が市制・町村制を施行した。その時にできたのが、松戸町、明村(あきらむら)、八柱村(やはしらむら)、馬橋村、高木村、小金町など。
 松戸町は明治以降、松戸駅と称していたが、小山、上・中・下矢切の各村に栗山(それまでは市川村周辺の連合戸長役場に入っていた)を編入して松戸町となった。
 「八柱村」は、紙敷、大橋、和名ヶ谷、秋山、河原塚、田中新田、高塚新田、串崎新田の8か村が合併。地名の由来でもある。都立八柱霊園の庭園正面に見える八角形の給水塔は八柱村を意味しているという。
 馬橋村は周辺の11か村が合併。
 高木村は、八ヶ崎、栗ヶ沢、中和倉、千駄堀、金ヶ作、日暮、五香六実の各村が合併。
 小金町は11か町村が合併。市制施行後、明、八柱、高木は消滅。明は市民センター、八柱は霊園と駅、高木は学校に名前が残るのみ。
 明治11年「郡区町村編成法」が施行され、17年5月、五香六実村、金ヶ作村、日暮村、中和倉村、千駄堀村、八ヶ崎村、栗ヶ沢村が集まって連合戸長役場を置くことになった。22年4月1日、これらの7か村が合併して「高木村」が成立した。

 千駄堀戸長土屋七郎平、副戸長安蒜権左衛門両氏が県へ行って7か村を合併して「高城村」と改名することを申請した。
 理由は高城下野守(戦国時代の豪族、小金城主・高城氏)の旧領地として由緒深い土地だからとのことだった。県は了承したが、高城の「城」の字を「木」としたほうが字画が少なくていいのではないかと言うので、二人は了解して「高木村」と改名することになった。
 明治22年4月1日に、上本郷村、南花島村、竹ヶ花村、古ヶ崎村、伝兵衛新田、根本村、小根本村、岩瀬村、松戸新田の9か村が合併して「明村」が生まれた。これまでの村は大字となり、これに中和倉飛地を加えた10大字を編成した。村役場は竹ヶ花に置かれた。
 明村の「明」は、当時の年号の明治から一字をとり、「明治という幸せな時代に生まれた村だから」という意味があるという。

 ※参考文献=「あきら」(グループ モモ企画、足利谷久子編集)、「角川日本地名大辞典」、「松戸の歴史散歩」(千野原靖方・たけしま出版)、「ふるさと常盤平」(常盤平団地自治会編集、常盤平団地30周年記念事業実行委員会発行)、「松戸の寺 松戸の町名の由来 松戸の昔はなし」(松戸新聞社)、「松戸史余録」(上野顕義)、「改訂新版 松戸の歴史案内」(松下邦夫・郷土史出版)、「江戸川ライン歴史散歩」、「二十世紀が丘区画整理誌」(都市部開発課編集・松戸市発行)、「新京成電鉄沿線ガイド」(竹島盤編著・崙書房)、「わがまち新生への歩み」(松戸市六実高柳土地区画整理組合)、「日本城郭体系第6巻」(松下邦夫・新人物往来社)、「陸軍工兵学校」(工友会)ほか。

大谷口新田稲荷神社の遷宮記念碑

「明村」の名を今に残す明市民センター

都立八柱霊園の八柱村にちなんだ八角形の給水塔と庭園

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