わたしのページ(読者投稿)
2022年10月23日

二度と悲惨な事故起こさないために
 静岡県牧之原市の川崎幼稚園の送迎バスで、3歳の女の子が置き去りにされ死亡した事件から1か月以上過ぎました。当時、このニュースが流れた時は昨年の福岡で起きた事件がまた起きたのかと驚きと悲しみで胸が痛くなる思いでした。
 最近になってニュースなどでこの様な事故を防ぐために、バス内にセンサーやカメラや押しボタン等の装置を設置する事を義務化する事になったようですが、この様な物は無いよりはましかと思いますがそれよりもヒューマンエラーを如何に無くすかをもっと検討してからでも遅くはないと思います。
 人間の作った機械を付けても万全ではありません。かえってこれに頼ってしまい、一人一人の注意が疎かになってしまう様な気がしてなりません。要はこの様な仕事に従事する人は一人一人が責任をもって遂行すれば防げる事です。
 残念なことは、事故当日のバスを運転していたのは園長だった様ですが最高責任者が最後にバスの中を回って確認しなかったことです。助手を務めていた人も臨時だったそうですがお互いに置去りは無いか確認すらしていないのでは呆れてしまいました。
 置去りを防止する装置を付けても機械は故障や誤動作があります。どうかこの様な物に頼らず、通園バスを運行する運転手と助手をはじめ担任も確認を徹底して二度とこのような悲惨な事故は起こさない様にしてもらいたいと思います。
(小金きよしケ丘・市民健)

子どもの無事を願うばかり
 今年の夏も子どもの事故が相次ぎそのニュースに気持ちが暗くなります。一人で家から出てしまった2歳児が海で見つかったのを知り、わたしはもう50年近く前の我家の出来事を思い出しました。
 長男が2歳の誕生日を過ぎ、まもなくの両親が揃って居る日曜日に、行方不明事件がありました。家から数分のところに一軒だけお米やさんがあり、昔はお米はお米やさんで買うのが当たり前だったので月イチの割合で行ってました。夫に子どもを「見ててね」と頼んで出掛け、戻ると夫が一人新聞を読んでいるのです。「どこにいるの?」「お前の後を追っただろう」とやり取りし、子どもに「ママは?」と聞かれた夫は「お使い」と答えたとの事。行き違いになったのかとまたお米やさんまで戻っても、二人で近くの公園を探しても見つからず、焦りました。
 近所の人たちにも声を掛けました。4、5人の方が一緒に自転車や歩きで探してくれましたが、探す前にわたしに「風呂桶とトイレのフタを開けて見てくれ」と言われ、その頃どこの家も汲取式のトイレだったので蓋をしてました。急いでそして恐る恐る両方の蓋を開けました。
 結局は、自転車で遠くまで探しに行ってくれた人が、知らない女性に連れられて戻る途中の息子に会え、見つかったのでした。その女性は、こんなに小さい子が一人で歩いているのを不審に思い、声をかけて下さったのです。「おウチどこ?」「あっち」という会話で連れてきてくれた途中に会えたとの事でした。その間40分程の事でした。
 会えたときわたしは号泣、子どもは何が起こったのかキョトン。探して下さった近所の方々に御礼の言葉も言えず、ただペコペコと頭を下げたのを覚えています。
 子どもは親が思いもしない遠くまでも行けるものだとその時知らされました。自分たちで探した時は、焦りとまだ2歳だからとの思い込みで、近場ばかりをウロウロと探してばかりでした。
 子どもさんの事故や行方不明のニュースにふれる度、無事にもどってほしいと願うばかりです。(根本・央ちゃんばーば 73)

青春の宝物になった富士登山!
 あれは高校2年生の時。60年も前(1960年)のことでした。
 学校の任意参加の行事で「富士登山の募集」がありました。静岡を代表する何かを一度は体験しておくべきか、と即参加を決めました。経験も体力もないわたしにとっては無謀でしたが、不思議で青春の椿事(ちんじ)となりました。
 9合目辺りでは、疑うべくもなく「高山病」にかかり、一人だけが大幅に遅れ、それでも何とか登頂にこぎつけました。360度パノラマに浮かぶ白く輝く雲海、その雲海に頭だけを出すアルプスの山々、これこそ頂上だと燃えたお鉢巡り、宝永山で手に取って見た氷の様な残雪、こんな所もあったのかと驚いた須走り。どれをとっても青春の宝物になりました。
 松戸に引っ越して20年。江戸川から初めて見つけた富士の姿にも、懐かしい故郷のにおいが向かってきました。これから冬から春にかけての真白き霊峰も楽しみです。
(富士は一番 79)

コロナ封じる祈願をキュウリに
 路地野菜売り場で、少し曲がったり細かったり不揃いのきゅうり1袋を買った。9本の中に弓形のきゅうりがあり、糠漬けにしようと手の中で眺めながら、ふと「キュウリ封じ」のことを思い出した。
 弘法大師空海に縁のある京都市右京区の蓮華寺にある行事で、「病をキュウリに封じこめ無病息災を祈願する行事」。コロナウイルスを封じる祈願をきゅうりにもお願いしたいと思いながら、古漬けのきゅうりはおいしいねと呟く。(こいぬ)

今年もシソの実ができました!
 わずかな庭にシソの実がたくさんできました。若い頃はせっせと耕して良き家庭菜園でした。老いて耕せなくなりましたが、シソは種がこぼれて自然に生育してくれるのでとても便利で、春は葉を、秋は実を楽しませてくれます。佃煮にすると、とても便利です。
 無農薬、無肥料、無耕作。収穫したものをみなさんに分けると、とても喜ばれました。小さなことですが、人に喜ばれて幸せです。
 来年も蒔かぬ種は生えてくれますので楽しみです。(広田千鶴)

地元の秋祭りは今年も中止に…
 コロナになって、色々なイベントが中止になったが、最近は少しずつ再開され、楽しみも増えてきた。
 松戸の花火大会も開催されると知った時は喜んだが、10月末と肌寒い季節の開催、規模は縮小、駅から会場まで30分と遠い。しかも、抽選で当たった1万人しか見れないという(松戸市民は約50万人。コロナ前の花火大会は約20万人の観客でにぎわっていた)。運よく当たったとしても、老体には少々きつそうなので、応募はしなかった。
 地元の秋祭りは今年も中止となった。仕方がないが、残念だ。わたしも寂しいが、なにより子どもたちの楽しみの機会を奪ってしまったことが悲しい。地元のお祭りの良いところは、華やかな神輿、祭囃子の笛や太鼓の音色、獅子舞いなど、普段は見られない賑やかさがあるが、何と言っても、あつあつの出来立て、安くて美味しいものが食べられることが大きいだろう。みんなが楽しそうにしていると、わたしも嬉しくなる。
 それに比べ、21世紀の森と広場で開催される「松戸モリヒロフェスタ~まつど集まるしぇ~」は食べ物の値段が高いと感じる。良いものだから高くて当たり前なのかもしれないが、もう少し安くて美味しいものがあるといいのになぁ。(秋明菊)

名取悦子さんの作品

カボチャくん(高塚新田)

 

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