日曜日に観たい この1本
この世界の さらにいくつもの 片隅に

© 2019こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 2016年11月に公開され、2019年12月までのロングラン上映となった「この世界の片隅に」に250カット、30分以上を加えた作品。基本的にストーリーは同じなのだが、加えられたシーンによって、主人公すずのセリフや場面の意味が微妙に違って感じられる。
 18歳になった浦野すずは北條周作に見初められて広島から軍港のある呉に嫁いできた。ほぼ初対面の二人だか、周作と両親は優しく、幼い晴美を連れて出戻ってきた義理の姉径子はきつい性格でちょっと面倒だが、すずは嫁ぎ先での新しい生活に馴染んでいく。時は太平洋戦争のただ中。物資の不足でしだいに日々の生活は苦しくなり、激しい空襲が始まるが、すずは前向きに、工夫をこらして日々の暮らしを立てていく。
 今回追加された新しいエピソードで一番大きいものは白木リンとの関係だ。リンはすずが呉の街で迷子になり、偶然迷い込んだ遊郭で出会った女性だ。前作でも登場したが、ここまでの深い関係は描かれなかった。原作の漫画にはあったようだが、この作品で新たに追加されたことで、物語により深みが増したように思う。
 ただし、どちらの方が優れているという話ではなく、見る人によってどちらが好きか、ということだと思う。こんな例もある。1988年にイタリアで劇場公開された「ニュー・シネマ・パラダイス」の「オリジナル版」の上映時間は155分だった。しかし興行成績が振るわなかったため、123分に短縮されて国際的に公開され、成功を収めた。「ニュー・シネマ・パラダイス」も「オリジナル版」と短縮版では、追加されたシーンにより、かなり印象が違う。
 前作のすずのイメージは、「のんびりした性格だが、何でも前向きに受け入れる芯の強い女性」といったものだった。しかし、今作では、一人の女性としてのすずの内面の揺れ動きが描かれている。嫁いできたすずは頭にハゲができてしまう。彼女はかなり無理をしていた、ということがわかる。見ず知らずの男性(周作)と結婚したすずだが、徐々に彼のことが好きになっていく。そんな時、あることがきっかけで、すずは結婚前に周作とリンが知り合いだったことに気づく。
 戦争前後の時代背景というものも緻密によく描かれている。
 すずの幻想なのか、それとも怖い記憶が変化して夢のような形で記憶に残ったのか。冒頭に、化け物のような人さらいの籠に入れられたすずが少年時代の周作と思われる少年と出会うシーンがある。遊郭にいるリンも親に売られたのか、それともさらわれたのか。80年前の日本にはまだ人身売買が残っていた。結婚も今とは全く違う。まず見知らぬ男のもとに嫁に行くということは今はないし、すずが期待されていたのは足の悪い周作の母親の代わりとなる労働力という側面もあった。出産のことも含めて「嫁としての義務」を語るすずに対して投げかけられたリンの言葉から、前作を見た時にはそれほど気に止めなかった部分がクローズアップされた感じがする。
 ちょっとしたセリフや細かな描写で日本の置かれた現状が垣間見える。すずが嫁いだ北條家の家は山の中腹にある。そこからは呉の港がよく見える。軍艦が好きな晴海のセリフで戦艦が多く空母はあまり港にいないことがわかる。真珠湾攻撃で、日本軍はこれからの戦争が空母と航空機の時代になることを自ら示しながら、巨大戦艦の建造から意識を転換することができなかった。
 こんな細部に至るまで、本当によくできている作品だと思う。【戸田 照朗】
 原作=こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社刊)/監督・脚本=片渕須直/企画=丸山正雄/監督補・画面構成=浦谷千恵/キャラクターデザイン・作画監督=松原秀典/音楽=コトリンゴ/プロデューサー=真木太郎/声の出演=のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、花澤香菜、澁谷天外(特別出演)/2019年、日本
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 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』、ブルーレイ&DVD発売中、DVD税別3800円、通常版ブルーレイ税別4800円、特装限定版ブルーレイ税別9800円、発売・販売元=バンダイナムコアーツ

© 2019こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

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