本よみ松よみ堂
宮部みゆき著『あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続』

角川書店 1800円(税別)

心の綾や深い愛情が絡んで起きる怖い話

 『おそろし』『あんじゅう』『泣き童子』『三鬼』に続く「三島屋変調百物語」シリーズの5冊目。
 百物語というと、夜に人々が集まって百話の怪談を披露するという催しだ。百本のろうそくを立て、一話語るごとに一本ずつ吹き消し、百話語り終えて最後のろうそくを吹き消すと真っ暗になる。すると、本物の怪異が起こるという。
 江戸の神田、筋違御門(すじかいごもん)先にある袋物屋の三島屋で行われている風変わりな百物語では、一度に一人の語り手しか招かない。
 「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」というのが決まりで、語り手は心の底に澱(おり)のように滞っている怪異な体験を告白する。語ることで心の重荷を降ろし、浄化されたような気持ちになれることもあるが、もうこの世に思い残すことはないと、語り手が後に自らの命を絶つという、悲しい結末もあった。
 聞き手は、三島屋の主人・伊兵衛の姪、おちか。第一作『おそろし』の時には17歳だったおちかも今作では19歳になっている。おちかは川崎宿の旅籠「丸千」の娘だが、許嫁(いいなずけ)と幼馴染の間で起きた陰惨な事件で心に深い傷を負っている。そんなおちかを預かり、変わり百物語の聞き手に据えたのは伊兵衛だが、酔狂な趣味というよりは、おちかの心のリハビリという側面が強い。
 変わり百物語の中で語られる話は、怖い話であっても、人の心の綾や深い愛情が絡んで起こるものも多い。優しくほっこりするものもある。
 伊兵衛とお民の夫婦、番頭の八十助、女中のおしまとお勝、丁稚の新太など、おちかを取り囲む三島屋の人々はみな情に厚く親切で働き者。百物語が語られる「黒白(こくびゃく)の間」を訪れる語り手の話は、時に人の心の暗く冷たい闇を浮き彫りにするものもあり、おちかの周囲が温かく守られていることで、読む側のバランスが保たれている。前作の『三鬼』からは、奉公に出ていた三島屋の次男・富次郎が戻り、おちかとともに聞き手を務めるようになった。
 さて、今作には5編を収録。
 第一話「開けずの間」では、「行き逢い神」を家の中に引き入れてしまった家族の不幸を描く。行き逢い神は家族の煩悩を喰らうようにして肥ってゆくのだが、それを煩悩と言ってしまうには可哀想なほど切実な人の願いなのである。
 第二話「だんまり姫」は「もんも声」という亡者や妖怪を呼んでしまうという不思議な声を持って生まれた女が、声を発することのないお姫様に仕え、大名家の秘められた過去に向き合う。
 第三話「面の家」は、世の中に大きな災難を引き起こすという「面」たちを外に出さないように監視する役目として雇われた女中の話。
 第四話「あやかし草紙」では、幼い娘をかかえて生活に困窮していた武士のところに小さな冊子を写本するだけで百両になるという破格の仕事が舞い込む。しかし、この写本には怪しい秘密が隠されていた。
 第五話「金目の猫」は、三島屋の伊一郎、富次郎の兄弟が幼い頃に出会った金色の目を持った不思議な白い猫の話。
 今作はシリーズ第一期完結編だという。傷心のおちかは、シリーズを通して成長し、強くなってきた。そして、本作の最後に、ある大きな決断をする。
 五話が加わって二十七話となったわけだが、実は第四話「あやかし草紙」でもう一つ別の話が語られており、これは二十八話と数えるべきなのだろうか。いずれにしても、百話にはまだ遠く、読者の楽しみも続くというわけである。
【奥森 広治】

あわせて読みたい