本よみ松よみ堂原田ひ香著『ラジオ・ガガガ』

ラジオという特異なメディアにまつわる人生の機微

自由思考 原田ひ香著

双葉社 1400円(税別)

 ラジオにまつわる6話からなる短編小説集。
 ラジオというのは不思議なメディアで、リスナーとの距離感が独特だ。一人で聴いていると、私にだけ話しかけているのではないかと錯覚しそうになる。
 顔が見えない分、話し手の思いや性格が浮き彫りになる。赤江珠緒、安住紳一郎、伊集院光、カンニング竹山、山里亮太、博多大吉、ピエール瀧、福山雅治、ジェーン・スー、ライムスター宇多丸…。本来はテレビ画面や映画のスクリーンの向こうにいる遠い遠い存在の人たちを、ラジオを通してだと、身近に感じる。
 オープニングトークにたっぷりと時間が割かれている場合が多い。深夜の番組だと、1時間以上の番組を一人語りで通すことも。テレビのせわしなさとは対極にある。
 斜陽と言われて久しいメディアだが、そんなラジオを聴くことが日常になっているリスナーも多い。ギャラも注目度もテレビに比べれば低いのに、超売れっ子の芸人や大御所が出演するのも、その魅力に惹かれてのことだろうか。
 第1話の「三匹の子豚たち」は、冒頭の作品としてふさわしく、そんなラジオとリスナーとの距離感がよくあらわれている作品だと思う。
 ケアハウスに入所した河西信子には3人の息子がいる。みな独立しているが、三男の正武は独身で、ケアハウスにもよく来てくれる。信子が深夜のラジオ放送を聴くようになったきっかけは、正武の前に流産した娘のことを正月の深夜、洗い物をしながら思い出し、泣き声が家族に知れないように、ラジオのスイッチを入れたことだった。聴こえてきたのは、後に伝説の番組となるビートたけしのオールナイトニッポンの初回放送だった。家族の中でラジオを聴くのは信子と正武だけ。それは二人の密やかな秘密のようになっていた。信子は自分でも気がついていなかった、ある心の動きを正武に指摘されてハッとする。後半、信子が大沢という巨漢の職員を伊集院光に見立てて、語りかけるシーンがある。伊集院さん、これ読んだら泣くだろうなぁ、と思いながら読んだ。
 第2話「アブラヤシのプランテーションで」は、シンガポールの事業でトラブルに巻き込まれ、隣国のマレーシアに逃げる途中の筒井裕也の話。裕也と第1話に出てきた正武は高校の友人で、壮行会で正武は裕也にipodを餞別にくれた。ipodには、深夜のラジオ放送が録音されていた。読み終えて、私も裕也のようにユーチューブでビートたけしが歌う「浅草キッド」を聴いてみた。
 第3話「リトルプリンセス二号」は、初めてラジオドラマのシナリオの執筆に挑戦している聡子の話。聡子は現実の世界では、不妊と、やっと授かった娘の子育てに悩みながら、ちょっと幻想的なシナリオに現実世界の話を反映させていく。
 第4話の「昔の相方」。笠原晶紀は、夫の直樹が最近何かを考え込んでいることを心配している。どうも、それは最近売れ始めた漫才コンビに関係しているらしい。2人組のうち高身長でイケメン、ネタも書いているタケル(五十川猛)は、直樹の小中学校からの友達で、直樹をお笑いの養成学校に誘ったことがある。夫は自分との結婚を後悔しているのではないか、というのが晶紀の懸念だ。この作品では後半にナインティナインのオールナイトニッポンのトークが、話のきっかけとして出てくる。
 第5話の「We are シンセキ!」。「We are シンセキ!」というのは、TBSラジオ「全国こども電話相談室・リアル!」のパーソナリティ・レモンさんが、相談者への回答をリスナーに呼びかける時の決まり文句だ。中学生の篠崎来実にとって「ダサい」は最悪なこと。「私たちは親戚」の意味は分かるが、かなり「ダサい」。この番組を聴いていることさえ、誰にも知られたくない。クラスの中では、イケてるかダサいかでカーストが決まる。そのカースト最上位にいる井上美月と来実はあることがきっかけで、微妙な対立関係になってしまう。
 第6話「音にならないラジオ」は、第3話に続いてラジオドラマのシナリオライターの話。著者もラジオドラマを書いており、実体験が反映された作品なのだろうか。妙にリアルに感じた。
 広村貴之はアルバイトをしながらラジオドラマのシナリオを書いている。2年前に局のコンクールに応募した脚本が賞を取ってデビューした。しかし、それ以来、局の担当者・水谷綾乃に100本を超えるプロットを送っているが、採用されない。恋人にはもう5年も結婚を待ってもらっている。夢をあきらめて別の仕事につくのか、追い詰められた貴之はある行動に出る。
 6話とも読み応えがあり、丁寧に書かれた良作だった。特にラジオ好きにはたまらない短編集だと思う。
【奥森 広治】

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