本よみ松よみ堂
生きるとか死ぬとか父親とか

父の人生を聞くことで浮かび上がる亡き母の横顔と家族の肖像

生きるとか死ぬとか父親とか

ジェーン・スー 著

新潮社 1400円(税別)

 駅前のある書店で、この本を探していたときのこと。ベストセラーだから店頭に置いてあるだろうとたかをくくっていたが見つからず、タイトルがうる覚えだったので、「ジェーン・スーの本ありませんか」と書店員にたずねたところ、店の奥にずんずん歩きだした。立ち止まったのが洋書の棚の前。「いえいえ、日本人の作家ですよ」とあわてて伝えたが、まだこんな勘違いをする人もいるのか。しかも書店員なのに。結局、その店には置いていなくて、他の店で購入した。
 ジェーン・スーはTBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のパーソナリティ。私はTBSラジオのヘビーリスナーで「ザ・トップ5」「相談は踊る」のころから聴いている。私の中では超有名人のスーさんなのだが、件の書店員さんには少し酷だったか。
 今の「生活は踊る」の中の1コーナーとして引き継がれている「相談」コーナーでは、リスナーからの相談に私などでは気がつかないような視点から切り込み、またそれを表現する言葉に独特のセンスを感じる。作詞家でもある。
 『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』『今夜もカネで解決だ』などのエッセイでも、その才能は発揮されている。
 ラジオを通して、スーさんは遅く生まれた一人っ子で、母親はかなり前に他界し、わがままな父親がいて、何度か同居を試みたが、諦めたこと、反目していた時期もあったが和解し、現在は母親の墓参りに一緒に行っていることなどは、なんとなく知っていた。
 今までの著作は40代独身女性の本音を書いて好評だったが、今回の作品は、父親の人生と母親、そして著者との関わりを書いている。
 │母は、私が二十四歳の時に六十四歳で亡くなった。明るく聡明でユーモアにあふれる素敵な人だった。しかし、私の前ではずっと「母」だった。彼女には妻としての顔もあったろうし、女としての生き様もあったはずだ。(中略)私は母の口から、彼女の人生について聞けなかったことをとても悔やんでいる。父については、同じ思いをしたくない│(P12より引用)
 父親に少しずつインタビューをしながら書いた作品は、直接話を聞けなかった母親の横顔も垣間見せる。全体を通して読めば、それはひとつの物語で、小説のようにも感じる。
 「限界集落ならぬ限界家族」とスーさんは、父と娘だけになった家族のことを少しユーモアを込めて表現するが、作品からは父と母、娘が生きた確かな時間への愛着と、過ぎ行く時間への哀愁を感じる。
 【奥森 広治】

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