1月31日 営業担当者の雑記

先日東京国立博物館で開催されている「世界遺産ラスコー展」に行ってきました。ラスコー洞窟を再現しその壁画の模型、当時の人達が使っていた道具またクロマニョン人の姿などが展示されており驚きの連続でした。そもそもクロマニョン人とは一体何者か?何のために壁画を描いたのか、彼らはどんな生活をしていたのかなどなど興味津津。壁画にはシカやウマ、バイソンなどが描かれかすかに色も残っています。当時の人達が使った絵具も展示されています。一目見てそれと分かるランプ、精巧に作られた縫い針、槍とそれを遠くに飛ばす為の道具などなど2万年前というのが信じられません。針を使い縫った服を着、取った獲物を精密に加工したナイフで皮を剥ぎ肉を細かく切りとまあすっかり調子が狂ってしまいます。何のために描いたのか(もしかしたらこれはとんでもない愚問かもしれない)の答えはまだ想像の中のようです。それにしてもパワフルな先人達です。

1月30日 営業担当者の雑記

昨日ラグビーの日本選手権でサントリーがパナソニックを15対10で破り4季ぶり七度目の優勝をした。サントリーはトップリーグも制しており2冠達成。サントリーはこの試合ノートライで奪った点はすべてPG.バックスの華麗なパスワークもスクラムでの力勝負も結構ですが昨日のような地味ではあるがお互いに堅守を軸にした玄人好みの試合も中々面白いものです。ボールへの離合集散のすばやさ、駆け引き特に世界屈指といわれるボールハンター、ポーコックとスミスのルールギリギリの密集での攻防などはさすが本場で鍛えられた選手だなと感心しました。結局サントリー小野選手の堅実なプレースキックが功を奏したのですが、一時期話題になった五郎丸選手のルーティンとは違い実に淡々と蹴っていたのが印象的でした。今シーズン限りで大学の出場枠が撤廃されますが実際学生と社会人の実力の差はいかんともしがたくやむを得ないと思います。今シーズンのラグビーはこれでおしまい。

1月27日 営業担当者の雑記

夕刊に日本一短い手紙のコンクール「第24回一筆啓上賞」の大賞が主催する丸岡文化財団(福井県坂井市)から発表されました。野田市の小学2年生など5作品が選ばれとのことです。中でおもしろいのが「貴方を驚かせようとコツコツ貯めたヘソクリ。貯まりすぎて一生いえないごめんなさい」という50歳の主婦。わたしもこんな奥様がいたらなア。ごめんなさいと言わなくてもいいから○○円ほど必要なんだけどといったらいつの間にか銀行にその金額が入っていたりすると感激だなア。勿論私は日頃いいことをしているから神様が○○円を恵んでくれたよというのですが。みなさんそれぞれ面と向かってごめんなさいがいえないようで。かくいう私もとんでもなく長い反抗期の為母親に感謝出来なかったのですが小さい頃人一倍可愛がってくれたことには死ぬ間際にでも「ありがとう」と言えばよかったと今頃思っています。

1月26日 営業担当者の雑記

各紙一斉に横綱稀勢の里を報じています。日経は「たたき上げ昭和の趣」と見出しを付けています。確かに昇進伝達式でも「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」と簡潔な口上だったし式後の記者会見でも「尊敬される横綱、力士の模範になりたい」と面白みのないコメントでした。しかし何故か昇進伝達式で四字熟語が使われ始めましたが私はこれを苦々しく思っていました。普段まるで使われたことのないような言葉を取ってつけたようにいわれても「お前の言葉じゃないだろう」と思うばかりでした。インタビューで面白いことをしゃべるのも相撲とはまったく関係ありません。中卒も勝負の世界に無用な話。プロ野球ではおしゃべりの上手な選手が重宝されるようですが裸一貫ガチンコ勝負の相撲にそんなことはまったく必要ありません。各力士が勝負に拘り如何にして勝つかどうすれば負けないかのみに集中しそれを土俵上で見せて頂ければ結構だと考えます。力士まで芸能人になる必要はありません。稀勢の里の今後の活躍を期待します。

 

1月25日 営業担当者の雑記

今日の日経夕刊「プロムナード」という欄に「世界から彼が消えたなら」という題で川村元気という作家が小文を書いていました。大学生のとき叔父が亡くなった。脳腫瘍。四十七歳の若さだった。と始まりその叔父から小学生の時ドライブに誘われ突然車の運転をしないかと言われた。「お母さんには内緒だはで。男の約束だきゃ」。叔父が倒れた時なぜかその秘密のドライブを思い出した。亡くなる前「わ、お前のことが好きだ でもお前は、わのことを忘れるんだべな」そんなことはないと僕は言ったが「いや、みんながわのことを忘れる。この世界はわがいなくなっても、なんの変りもなく明日を迎えるんだ」何も言い返せなかった。それから10年。「世界から猫が消えたなら」という小説を書いた。脳腫瘍で余命わずかと宣告された男が、一日の引き換えに、世界からひとつずつ物を消していく。書きながら叔父がいた世界といなくなった世界に存在するほんの小さな差、それこそが彼のいた意味なのだと証明したかった。しゃれた短編小説を読んでいるようでした。