3月31日 営業担当者の雑記

3月末日。公官庁など3月が年度末の会社は大変な一日なのでしょうかそれとも余裕なのでしょうか。私の会社は決算ではないのでいつも通りです。3月の実績はボチボチということで今日は4月の営業に回ったのですがこのところの暖かさで桜が一挙に開花し始め今週末に松戸のあちこちである桜祭りは大丈夫のようです。さくら祭と花の満開時期は結構ズレるのですが今年はぴったりです。各場所とも四方に伸びた枝が邪魔だったり危険だったりあるいは古い木が倒れるおそれがあったりということで沢山の木が間引かれています。八柱霊園脇は車の通りに覆いかぶさる程見事でしたが今年は随分減っていますし空がくっきり見えます。常盤平のさくら通りは提灯がスタンバっていました。ここも結構隙間がありますが道が比較的狭いので歩行者天国になるとそれでもまだ楽しめそうです。まあいずれにしても花より団子、酒の肴の花なら十分雰囲気はあります。新松戸中央公園にはもう花の下に陣取っている人たちがいました。

3月30日 営業担当者の雑記

今日日経夕刊の「プロムナード」という欄に劇作家前田司郎氏のおもしろい文章を発見した。彼は今マドリードで現地の演出家、俳優たちとワークショップを持っているのだがその時に感じたことがその内容です。外国の人と共同で何かを作るときいつも感じるのが「もどかしさ」で日本人と芝居を作っている時も感じるが少し質が違いまるで自分が子供になったような気がするというのだ。彼はスペイン語が出来ないようで片言の英語同士でスペイン人と演技に付いて話すのだが5歳時程度の英語力で語るときいろんな発見がある。もどかしさ、つたわらなさ、そして会話が成立した時の嬉しさ。だけどいくら言葉が上手くなっても本当のところ僕たちは互いに理解し合うことなど出来ない。言葉が通じると何となく理解し合っていると感じてしまうが、それは全部気のせいではないかと思える。言葉の壁は日本人同士にもある。僕たちは互いに理解し合えない。なのに理解し合おうと努力する。だから人間の営みは時々、美しいのだと思う。とても示唆に富む話だと思いました。

 

3月29日 営業担当者の雑記

先日2年余り行方不明になっていた女子中学生が救出されました。報道によると弁護士を装った若い男に両親が離婚するのでなどと声をかけられそのまま監禁されていたようです。男は中学生が逃げられないようにドアに細工をしていたようですが、とりあえずは命があってよかったとはいうもののこの男許せません。ご両親の喜びはいかばかりか。お父さんが「娘は行方不明になった当時は155cm位だったのに160cmくらいになっていた」とおっしゃっていましたが心も体も大きく変わり大人になって行くこの時期の子供の人生を奪ったこの犯人。そしてこの犯人のご両親もこんな子に育てた筈じゃなかったどんなにか心を痛めていることでしょう。大馬鹿野郎。親不孝者。御近所の人たちなどボランティアの人たちが街頭でチラシを配り何とか消息を掴もうと協力してくれたとの事ですが本当に無事でよかった。これから2年間で受けた心の傷をどうやって癒していけるのか。何とか早く本来の彼女に戻ってほしいものです。

3月28日 営業担当者の雑記

先日佐倉の川村美術館の公園にハクモクレンを見に行きましたが色が汚く珍しく期待外れだったので近所の佐倉城址に桜を見に行きました。シャレではないのですがここは桜で有名なところです。ソメイヨシノはまだまだこれからですが大寒桜、寒緋桜、ハナモモが満開で少し濃いめの桜と真っ白なハナモモがとてもきれいでした。来週あたりにはソメイが満開になり大変な人出になりそうですが一足先にゆっくりと楽しめました。私はソメイヨシノの花霞もいいのですが年を経て大木になった大島桜、山桜が四方に枝を張り艶やかさを競っている姿も大好きですしここの寒緋桜の少し派手目の色も気に入りました。ところでここの木には名札が付いておりよくみると桜の種類は結構沢山あるのですね。まだ咲いてはいませんでしたが今まで聞いたこともない「ヒナギクサクラ:この名前はネットで調べても出てきません」「普賢象桜」などといったものもありました。桜を普及する会の人たちが付けたようですがどこもが同じDNAをもったソメイばかりでなく色んな種類の桜も見たいものです。

3月25日 営業担当者の雑記

今朝の朝礼で社長が「今日プロ野球セ・パ両リーグが開幕する」といったのを聞いて初めてそれを知りました。いつからだろうかプロ野球にまったく興味がなくなったのは。私の小さい頃はスポーツといえば野球か相撲くらいでどちらも大変夢中になりました。福岡育ちなので今はなき地元の西鉄ライオンズと唯一テレビ中継があった巨人ファンに分かれていましたが私は熱狂的な巨人ファンでした。長島さんが立教大学の頃から、王さんが甲子園を熱狂させたころからずっと野球がそして巨人が大好きでした。レギュラー選手は勿論控え選手、監督、コーチに至るまであらゆる情報を仕入れては友達と自慢話をしあいました。それが何がきっかけなのかよくは覚えていないのですがすっかり巨人にもプロ野球そのものにも興味がなくなりました。子供達は近所の野球チームに入っていましたがそれでも特定の球団を応援することもなく家でプロ野球の話題になることはまずありませんでした。今日といういう日も私には3月25日にしかすぎません。