7月12日 営業担当者の雑記

先日フォルクスワーゲンの「ビートル」がついに生産終了と報道されていました。1930年代に初代が出たということなので90年近い歴史になるのでしょうか。私はもう40年くらい前復活版の「ニュービートル」に乗っていました。この車は非常に特徴的で、まず形がカブトムシ型でとてもユニークである、当時としても珍しい空冷でエンジン音が大きい、気密性が非常に高い、車体が非常に頑丈で衝撃に強い、塗装がとても強く少々乱暴に扱っても傷がつかないなどまたエアコンがなく小さい三角窓から風を入れるとか、小さい割に重く燃費が悪いだとか、車高が高いので風の影響を受けやすいなどの欠点はかえって誇らしく当時の若者には人気がありました。夜遅く帰宅するときは少し遠くからエンジンを止め惰性で走るとかきつい坂は機関車のようにあえぎながら登るといった車の機能としては相当マイナスだったのですがそんなことは一切関係なくとにかく「カッコヨカッタ」

7月11日 営業担当者の雑記

読売新聞朝刊に毎日掲載されている「四季」という小コラムがあります。俳人長谷川櫂氏が俳句や短歌を選び関連写真を添えそれをごく簡単に解説しているものです。今日のはちょっと良かったですよ。「花々は咲き尽さんと 花の寺:伊丹三樹彦」で櫂氏は「花には花の命がある。すべての花は命をまっとうしようと、花開き、散ってゆく。人も同じ、私もそうありたいという思いもあるだろう」と書く。この句は関西の花寺特に沙羅(ナツツバキ)で有名な應聖寺での作品で写真にもこれが載っています。私は更に、花はただただ子孫を残すために花を付け種子をばら撒きそこには何の意思もない、自分のやるべきことをひたすらやっているに過ぎない。それこそが大切なのであって人間も自分が歩み始めた人生を精一杯何の邪念もなく生き続け全うしたい、そんな思いを抱かせてくれた花 花の寺に思いを寄せた作品だろうとも思った。一つの俳句には様々な背景がありそうです。

7月10日 営業担当者の雑記

先日上野の西洋美術館に開催中の「松方コレクション展」を見に行きました。1900初頭当時欧州にいた松方幸次郎が買い集めた1万点近くの美術品が第二次大戦で散逸していたのを買い戻しあるいは寄贈などで相当数集まってきたのでその保管展示の為出来た「国立西洋美術館」。会場は物凄い数の作品が時代ごとに展示されており「ルノワール・モネ・ゴーガン・ゴッホ・ムンク・ロダン・マイヨール」などの作品が次々に出てきて圧倒されます。ゴッホの「アルルの寝室」、モネの「睡蓮」といった過去にも見ている作品もありましたがその中でもモネの「睡蓮 柳の反映」は特筆ものです。1916年にルーブル美術館で相当部分が破損されもはや芸術品ではないといわれた状態で発見され上野に帰ってきたのを出来える限りの情報を集めようやく2/3近くまで当時のタッチ、色を復元した作品です。素晴らしい復元技術はモネの代表作を想像させるところまでになっていました。

7月9日 営業担当者の雑記

先日どこだかで「ウニ」にキャベツを食べさせると非常に生育が良くなったのでこれからブランド品として売り出していきたいという記記事がありました。確か三浦か湘南だったような気がしますが。このウニ、エサになる海藻を食べつくすので漁師の間では実は嫌われ者らしいです。そこでミカンの皮や野菜などを与えてみたところ非常に立派に育ったのだとか。一石二鳥。ウニといえばずっと若いころ、女房がまだ娘さんだったころウニが好きでして困ったことに寿司屋では時価と書いてあります。一応鷹揚な格好をつけて「どうぞどうぞ」なんて言いながら懐勘定をしていたことを思い出します。値段が安くなればそんな心配もせずに食べられるということはウニを好む女性が彼女の男の懐を少し応援するということになのかな。

7月8日 営業担当者の雑記

昨日は七夕。15夜の前後は歌で詠まれることがありますが七夕のそれはあまりないように思います。確か芭蕉の句に「文月や六日も常の夜には似ず」があったと思ますが浅学の私はそれくらいしか思い浮かびませんが短歌では例のサラダ記念日に「「この味がいいね」と君がいったから七月六日はサラダ記念日:俵万智」がありますね。1987年の作ですからもう30年以上前になるのですね。若者の日常をごく普通の言葉で気張らずに謳ったこの作品は当時一大旋風を巻き起こし以降普通の女子がさりげない毎日を自分の言葉で短歌を作るようになりました。それまでなんとなく敷居が高く古臭い言葉で重々しいしかめっ面をした雰囲気があった短歌をまさにこの時代のものにした大殊勲者、短歌ですね。電車などで聞くともない女子の会話に「うん 分かる 分かる」というのがありますがこれですね。中身もわざわざ七夕を外して前日を二人の記念日にするというのも斬新です。