「ブックのいた街」
誰にも愛された、優しく、せつないブックの物語

ブックのいた街 関口 尚 著

祥伝社 1400円(税別)

 東京都下の小平にある「ラブリ商店街」に住み着いた犬、ブック。今時ちょっと考えられないが、野良犬だ。オスのアイリッシュセッターという猟犬で、茶色い毛をなびかせて歩く姿は美しく、サラブレッドのよう。誰が躾(しつ)けたか分からないが、大人しく頭がいい。名前を呼ばれれば尻尾を振って人になつき、犬同士のケンカの仲裁もさりげなくこなす。商店街の中をリードもつけずに散歩して、夜になると誰かの家の庭や玄関先で眠る。商店街のアイドル的存在で、みんなに可愛がられている。野良犬といっても商店街で飼われているといった感じだ。
 6章からなる物語。
 日本画家の西陽(にしび)は美人で文化人タレントとしてテレビに出ていたこともあったが、恋にも仕事にも挫折して10年ぶりに「ラブリ商店街」に帰ってくる。父との確執もあって、同じ東京なのに一度も帰ることができなかった。そんな西陽を年老いたブックが温かく迎える。
 中学1年生の薫風(くんぷう)は公園で出会った年上の女性に心を寄せる。恋とも言えないこの感情に戸惑う薫風は、なんとかして女性と仲良くなりたいと考える。女性はジャーマン・シェパードのケイティを散歩させに公園に来る。薫風はブックを連れて公園を訪れるようになる。少年の気持ちが分かるのか、ブックも薫風の飼い犬のような顔をしている。
 もともと心に不安定なところがあった妻はゴールデン・レトリーバーのニキが死んでから、すっかり気力をなくしている。なかなか子宝に恵まれず、寂しさもあって飼った犬だった。やっと娘に恵まれた後は、ニキは長女のような存在で、3人と1匹の幸せな暮らしが続いていた。ブックはニキのことが好きだったようで、美しい2頭が並んで歩く姿は誇らしくもあった。一転して暗くなってしまった家庭で、夫は雑種の子犬、ミルクを迎え入れる決意をする。
 6章のタイトルは「青い犬」、「幻」「いとしのニキ」「大好き、大好き」「さようなら、ブック」「空でつながる日」。それこそ、第四章までにブックのことが「大好き」になっていて、第五章以降を読むのが恐いような気持ちすらした。このブックの物語がずっと続いてほしいと思った。
 第一章が始まる前に、短いブックの独白が書かれている。ブックに厳しく教えた「大好きなあの子」とは誰なのか。ブックはその子に会えるのだろうか。
 心が温かくなるような、優しく、そして、せつない物語。本当にいい作品に出会えたと思う。 【奥森 広治】

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